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「なんか仕事の依頼来てるぞ」
上司がおんぼろ端末に表示されている文字を指さしながらうれしそうな顔をしてこっちを見やがる。俺の今の仕事がもうすぐ納品で終わりそうなので、マネージャーとして仕事のやりくりをいつも考えているからうれしいのは分かる。出荷される身にもなってくれよな。
「まじすか?今8光年先のお客さん・・・どこだったっけ?」
「お前自分のお客さんの名前忘れたのか?」
「いや、ド忘れしただけですよ。超空間通信だけで仕事するからわからなくなるじゃないですか」
超空間通信が発達した今は、仕事をすると言っても仮想空間上で仕事をするのが当たり前になっている。もっとも、このアリスト3という惑星は磁気嵐のせいでその接続が絶たれてしまうので、仮想空間で仕事ができなくなると物理的な空間で作業をするわけだ。
他の世界のやつらは仮想空間に入ったままと聞くが物理的な肉体はどうなってんだと思う。ウソかホントか知らねぇが、仮想空間が広まり始めたころは仮想空間に転移してしまったやつもいたらしい。
俺としては仕事が終わったらのんびりアリストの夕焼けでも見て酒を飲む方が好みだが、まぁ、宇宙は広いのでいろんなやつがいるのだろう。
「で、会社名は思い出したか?お前のお客様の名前だぞ?」
「思い出してますよ。お客さんは地球系企業のSCIさんですよ」
「そうだろ?なんで忘れるんだよ」
「エスシーアイてどこにでもあるような名前じゃないですか。長い名前の頭文字だけ抜き出した社名だから特徴がなさ過ぎて覚えなくいっすよ」
「まぁ、あと少しのお付き合いになるか、もっと長いお付き合いになるか。それはお前の頑張り次第だからしっかり頼むぞ」
「ちぇ、しっかり頼むとか言いながら長い付き合いにしろってこの前言ってたじゃねーか。あと少しのお付き合いてどういうことなんだよ」
「それが今来ている仕事ってことさ」
そう言って、15kgはあろうかいう磁気嵐対応のコンピュータをこちらに渡してきた。
このコンピュータは、普段使うようなものではないため見た目も使い勝手も異次元の代物でよくこんなものが現代まで残っているもんだと感心する。
現在はコンピュータの装置自体は実体がほとんどなく、首から下げる小さな首輪のようなものになっている。ここにすべての機能が詰まっていて、モニターは空中に任意の画面が表示されるようなものだ。だから、大きな実体がある磁気嵐対応のコンピュータなんぞは邪魔で仕方がない。
バカでかくて重たくて動作ものろく文字しか表示されないとかとんでもなく低機能だが、これじゃないと磁気嵐の中でコンピュータを使用することができない。困ったもんだ。
巨大なキーボードがついているのでそれをパチパチ操作しながら仕事の内容を確認する。
「これ・・・うちの会社で受けられる仕事ですかね?」
「お前ならいけると思うんだがな」
依頼文には様々な情報が掲載されているが、注意深く余計な情報をそぎ落としていくとシステム開発と客先常駐しか情報が残らない。
ここまでひどい仕事の依頼は見たことがないので面食らったが、上司は俺をアサインしようとしている・・・ってマジか?
「ちょっと待ってくれよ、この依頼の内容はほとんど何も書いてないぞ」
「そうか?結構文字があって読み応えあったけどな。お前どこまで読んだんだ?」
「全体を斜め読みしたよ、意味のない単語を切り捨ていっただけさ。結局書いてあるのは客先常駐でシステムを作れしか書いてなくて作業の内容も現地にて伝達とかだぜ」
「ワクワクしないのか?」
「ワクワクするどころか『あぶねーよ』という俺の中の赤ランプがピコピコしてるぜ」
「お前面白いな」
「うるせー、この案件はやべーから俺はやりたくないね」
「まぁ、そういわずに話だけでも聞くのでいいじゃないか?回答は磁気嵐明けまで待つと書いてあるし考える時間も十分ある」
「そうかもしれないけど、内容を明かさない依頼主っていやだなぁ」
「磁気嵐が明けてから内容を明かすってことだから心配するな」
「嫌な予感がする」
「そうか?報酬はまだ決まっていないけど適正料金をお支払いしますって書いてあるぞ」
「どこの会社でもそれ書いてくるよ。何言ってんだ」
「決まりだな」
「アホか、俺の意見はどうなったんだよ」
「とりあえず話だけ聞こう。話はそれからだ」
「ちぇ、わかったよ」
上司は今の仕事が終わりそうだから俺の仕事のない時間を減らしたくて仕方がないらしい。正直なところ、今のSCIの仕事ももうすぐ終わるし長い付き合いになりそうにもないところがあるのは事実だ。
それに、アリスト3以外の場所での客先常駐だと会社の金で旅行できるようなもんだ。そう考えると、まんざらでもないし気分転換にもなるだろう。
うまくいけば転職できる知識と経験も得られるかもしれない。
ほんの少しだけ楽しみってことにして、磁気嵐が収まるまでのあいだはのんびり過ごすか。
「そうそう、SCIさんの件、納品までしっかりやってくれよ。とりあえずこの前提出された内部レビューは問題無しだったので承認しておいたからな。頼むぞ」
「わかったよ。磁気嵐が明けまで何もできないのでのんびり納品の準備しておきますわ」
「ああ、のんびりに正確性のプラスするんだぞ」
「わかったわかった、しっかりやらせていただきますよ」
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