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磁気嵐
人類が星間航行を実現して十数世紀が経過。現在は地球からかなり遠くまで進出している。ということは"田舎"な惑星もあり、それが俺の住んでいるこの惑星。名前はアリスト3。地球から数百光年離れた赤色巨星のアリストを周回する普通の惑星だが、恒星が不安定で太陽風が強く磁気嵐が頻繁に起きる。
こんな惑星になんで人が住んでいるのかと思うほどだが、かつては赤色巨星の研究のために結構にぎわっていたらしい。そのおかげか赤色巨星における寿命の理論が完成したとかそういう理由で人類の歴史に名を刻んでいる。
この理論の完成でアリスト3も"しばらくは安全"となり人が住み始めた。人間が住める惑星なので水も空気もあるし、赤色巨星の強力な重力で地殻の活動も活発で火山が多く温泉もあちこちにある。地球でいうところの四季に近い季節もある。一番の魅力は超巨大な真っ赤な夕日が見れるところだ。住むよりも観光に適した惑星と言える。
風光明媚な惑星なので人口も増えると思われていたが、太陽風に伴う磁気嵐のおかげでハイテク機器はシールドがないと使い物にならず、現代人にとっては住みにくい惑星なので人口はあまり増えなかった。
俺から言わせれば、アリスト3は"人権が確保された環境"なのだが、コンピュータを必要とする人たちからすると"人権がない環境"に見えるらしい。
磁気嵐のない世界では、AIが人類を補佐しているので生活様式がかなり違うようだ。もちろん、アリスト3にも星間ネットワークがありAIのサービスも受けることができるが、AIの分際で「意識がもうろうとしてきた」と言って磁気嵐が来たらすぐに切断しやがる。なので、この星では最新テクノロジーも使えるがかなり旧式な仕組みが現役でもあり、古き良き地球を再現した惑星と言われることもある。
こんな訳アリの星でおれが何をしているかというと、この惑星でただ一つのSIerである「アリストシステム開発」という名の会社のシステムエンジニアをやっている。磁気嵐がある世界でシステム開発するというおかしな職業だが、就職するときに磁気嵐で強制的な休みがあると思ったから入社した。狙い通り仕事にはムラがあって楽だが・・・正直なところ後悔している。この惑星ならではの仕事のやり方が身についてしまい、他の世界ではやっていけない体になっちまった。
他の世界のシステムエンジニアは、AIと一緒に仕事をするためかなりスピーディーかつ間違いも少ないらしい。それに比べてわが社は磁気嵐が来るとAIは急にバカになるし、磁気嵐が去ってもなかなかAIが回線を開かない。仕方がないから人間の我々が頭を絞ってシステムを作る。こんな仕事をしているのはこの世界だけ。気が付いた時にはもう遅かった。
若いころ(と言ってもまだ31だけど)の柔軟な頃にさっさとアリスト3を出てシリウスあたりの大都会でAI相手に仕事をする職業についておけばよかった。
まぁ、この道10年もやってりゃ食うには困らないのでここから出るつもりもないからこうやって仕事をしているんだけどね。
「進捗報告はどうなってんだ!」
やれやれ、いつもの展開だな。上司もわかってていつもこれだからかなわんね・・・
「何言ってるんですか、この磁気嵐ですぜ。報告する進捗は8光年も離れたお客さんのところにあるからわかりませんよ」と言いつつ、給茶機からウーロン茶を取りながら上司に報告をする。
上司と言っても年の差は7歳で親近感がある。面倒な役を引き受けてくれるのでありがたいが、少々管理が行き届きすぎてて困ったやつだ。
「そうか、この嵐だから仕方がないが・・・それにしても、もうちょっと把握はしていないのか?」
「先週から動きなし。これは先週の進捗報告で言いましたぜ」
「そうだったな」
そう言って上司は磁気嵐対応のコンピュータに電源を入れる。
真空管が温まるまでのんびり待つのだが、この装置はとんでもなく電気を食うから暑くて仕方がない。幸いにも人口が少なく発電に余力があるのでできる芸当でもある。なによりこんなコンピュータは他の世界では使っていないので、再就職が難しい理由の一つでもある。
真空管が温まりブラウン管に文字が出始めると仕事の開始だが、シリコンの頭脳ではないので本当に遅い。
「とりあえず低速データリンクで状況を確認していますが、アリスト系外のデータバンクで遅延が発生しているみたいですわ」
「なんだその遅延とは?」
「この惑星のほかのやつらも通信をしようとしてるけど低速データリンクしか使えないので糞詰まっているってことですよ」
「仕方ねぇな、今日はこの仕事やめだな」
「お、いいっすね。どこか飲みに行きますか?」
「馬鹿野郎!こんなに明るいときから飲みに行けるか。この仕事はやめで他のをするんだよ」
「ちぇ、仕事やるんですか」
「当たり前だろ?給料分は働かないとな」
どうも外が明るすぎたらしい。
夕方に磁気嵐の通信不良だったら早く上がれたのに仕方ねぇな。
とりあえず、今の仕事の中断処理をして上司がほかのことをすると言っているので眺めておこう。
上司は低速データリンクを使って遅いなりにも仕事の依頼が届いていないかを確認している。低速というが、恒星アリストの系外に星間通信ノードがあり、そこは超空間通信で離れた恒星間の通信を瞬時にやり取りしている。
"低速"とは星間通信ノードとアリスト3の間のことであり、磁気嵐の時はここにアクセスが集中して低速がより低速になってしまう。
人口が多い惑星だと税金で星間通信ノードをの数を増やしたり、惑星近傍用の星間通信ノード(めちゃくちゃ高価!)を設置したりするのだが、アリスト3は人口も少なく税収もそこまであるわけでもないため増設はしていない。もっとも、星間通信ノードがアリストの恒星風でぶっ壊れることが多いため、その保守費用で消えているのが実情らしい。
恒星天気予報局のやつらがアリストの活動を監視し、活発かつ巨大な磁気嵐が発生しそうな時は、星間通信ノード管理局に連絡をしてそれを移動させたりシールドを展開したり、場合によっては活動を停止させるなどをするため、地上では宇宙天気予報で星間通信の予測を立てたりしている。
これが先物市場を構成していて通信の枠や物理的なストレージの超空間輸送でのデータ運搬などもあるから本当に変わった星だ。
仕事が磁気嵐の時にやってくるとは思いもしなかったが・・・
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