物語の黎明

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物語の黎明

事後 松の郷が制服を着るのを寝そべりながら眺めていたサラリーマンが 「こういうところで働いてるってことは、借金がなんかあるの?」 と聞いた 「うーん、借金はないんだけど、お金がほしいのは事実かな」 「…」 松の郷は沈黙が意味するところを忖度し、サラリーマンの体の上に飛び乗った 「なになに?お金くれるの?お金はあったらあっただけ嬉しいなーなんて」 「…俺がお松を水揚げする!」 「水揚げ?」 「お店にお金払ってお松を自由にする!」 「ああそういう…水揚げって、マグロじゃないんだから。見受けでしょ?」 「それだ!」 「見受けって…それも時代錯誤もいいとこ…」 サラリーマンは松の郷の体を回転させ自分が上になった フロアで隣に座っている時も、やってる最中もろくに顔を見ていなかったが、サラリーマンは肌と瞳が綺麗で、鼻と眉の形が好みだった 松の郷は一瞬で恋に落ちた 天狗の王子様は惚れっぽい ※※※ サラリーマンの名前は田浦遊星(たのうらゆうせい)といった 生まれは福島の会津若松 大学進学のために上京し、誰もが知る一流大学の博士号を取り、いまは外資系製薬会社で研究職をしている 同伴していた『お客さん』は有名な医者らしい 松の郷が働くクラブにおいて、客との恋愛はご法度というわけではない しかしそのグレーさゆえ、松の郷はクラブにおいてトラブルメーカーでもあった ※※※ 田浦を見送って店内に戻ると、待っていましたとばかりに店長の柳井(やない)が松の郷をバックヤードに押し込んだ 「お松!また客から苦情がきたぞ!」 「え?なんのことですか?」 「お前、指名外れたからって客の名刺入れにカミソリの刃いれたな?!」 「知りませんよ。証拠ないでしょ?」 松の郷はまともに聞くつもりはないようで、よく手入れされた爪をいじり始めた それがまた店長の怒りに火を注ぐ 「1935年製の貝印のカミソリ替刃なんてお前以外に誰が持ってるって言うんだ!お前だってわかるようにわざとやってるのバレバレなんだよ!」 「だってあの人、僕が休みってわかっててこっそりアガサに会いにきてたんだよ?!しかも変装までしてさー。そこまでするなら別の店行けっての!」 店長は頭を抱えて長いため息をついた 「天狗連に頼まれてお前を雇ってるけど、他のスタッフは何も知らない人間なんだ。そのうち庇いきれなくなるぞ。今回はアガサが取りなしてくれて事なきを得たが、来店する時はお前に席を外すよう言ってきた。まあ当然だな」 「えー…これで3人目じゃん。僕が店にいられる時間なくなっちゃう」 「だったらバカな真似やめてちゃんとしろ!お前は初対面での印象はいいんだから…」 店長の言う通り、松の郷は憂を秘めた表情がなめかしくも美しく、店の男性スタッフの中では不動の人気を誇っていた これでいて、床上手だと言うのだからのめりこむ客は後をたたない しかし、上記のようなトラブルによって、ついたあだ名が…
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