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第十一話 思えば遠くへ来たのかな
「ここが、ディスコの入ってるビル?……外からは全然、わかんないね」
穂香が足を止め、私に「ここだよ」と示したのは繁華街の外れの飲食店ビルだった。
「まだやってないと思うけどね。本当に探してる人って、ここにいるの?」
「わからない……」
私はビルの二階に大きく掲げられた極彩色の『波羅密多堂』という文字に圧倒されつつ、少なくとも21世紀のクラブとはだいぶ違うな、と思った。
「で、どうする?中に入ろうったって、まだ誰も来てないか準備中で掃除でもしてるかのどっちかだと思うけど」
「そうなんだ。……ここに来れば取材してるところに出くわすかと思ったけど、見込み違いだったかなあ」
「取材?」
訝し気に眉を寄せた穂香に、私は探している男性が飲食店を経営する傍ら漫画も描いているのだと説明した。
「すごい人なんだね、その人」
すごいかどうかは、私もよくわからない。なにしろ「今日」会ったばかりなのだ。ただ、過去に飛ぶ手段を持っているということに関しては、確かにすごいと言えるだろう。
「とにかく入り口の前まで行ってみようか。お店の取材をしてるかもしれないし」
穂香に促され、私は「一緒に来てくれる?」と図々しく同行をねだった。
「もちろん。このビルで働いてる知り合いもいるし、私について来ればいいよ」
私は「ありがとう」と礼を述べると、穂香の背を追ってビルのドアを潜った。
――こう言うかっこいい高校生もいるんだな。……いや、いたのか。四十年前に。
穂香は薄暗いエントランスを横切ると、迷うことなくエレベーターに乗り込んだ。
狭い壁紙のめくれたエレベーターは私にとって未知の世界だったが、穂香は慣れているの箱が止まってドアが開くまでポケットに手を突っ込み、鼻歌を歌い続けていた。
「あ、あそこだ。……ほら、入り口が見えてる」
穂香が指さした突き当りには、たしかに『波羅密多堂』と描かれたガラスドアがあった。
「どれどれ、誰かいるかな?」
穂香がドアの前に立って中を覗きこむと、突然、背後から「まだ開いてないですよ」と声が飛んできた。はっとして振り返ると、いつの間に現れたのかすぐ後ろにギターケースを携えた長髪の人物がサングラス越しに私たちを見据えていた。
「あ、あの……」
「あと三、四時間したら入れ始めるから、その頃にもう一度来るといいよ」
「ありがとうございます。……あの、ディスコの店員さんですか?」
「――僕が?」
長髪の人物は私の問いに、虚をつかれたように眉を上げ下げした。
「……行こう、お姉さん。出直そう」
急に穂香が私の手首を掴むと、長髪の人物に会釈してその場を離れるよう促した。私は「あ、失礼しました」とぺこぺこ頭を下げながら、急かされるままその場から退散した。
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