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第十四話 君の髪型はフィーバー
「……わっ、センセイっ、星冲さんっ!」
突然、スイッチが入ったかのように目覚めた私が最初に聞いたのは、西岡の物と思しき叫び声だった。
「おお、西岡君。……どうにか戻ってこられたらしいな。我が懐かしの二十一世紀に」
由仁はほっと安堵の息を漏らすと、うーんと大きく伸びをした。私はと言うと、たかだか二時間のランデブーにも関わらず、長く現代を離れていたかのような疲労を覚えていた。
「さて、ひと息ついたら二度目の取材旅行に向けて準備を始めるとしよう」
「えっ?すぐまた行くんですか?」
「まあ、ここを立つのは明日になるかもしれないが、ぼやぼやしてると肝心のアーティストが消えてしまいかねないのでね」
「過去は逃げませんよ先生。もう終わってるんですから」
「そうだ、西岡君は79年当時の風俗について調べてくれたまえ。居服とか、髪型とか」
西岡が冷静に突っ込みを入れても、由仁はいっこうに頓着する様子を見せなかった。
「聖園君、今日の仕事場見学はこれで終わりだ。僕はこれから取材の準備に協力してくれそうな人材に声をかけなきゃならないし、西岡君も資料をまとめてプリントアウトしなくちゃならない。今日はもう、帰っていいよ。明日はなるべく早い時間に来てくれたまえ」
私はあんぐりと口を開けたまま、言うべき言葉を失っていた。過去に飛んだ事も含めて見学の延長のつもりだったのか、この人は。
「あの、それはつまりまた明日、もう一度来いってことですか?」
「もちろん。一度は自宅に帰らないと、家の除雪だってあるだろう。僕はアシスタントに無理はさせたくないんだ。それじゃ、お疲れ様。お母さんによろしく」
「…………ええと、失礼します」
私は一応、頭を下げると有り難くないお土産をたくさん持たされたような気分で、『間違った昭和』を後にした。
※
「本当に、こんな感じの髪型で不自然に思われないんでしょうね」
由仁に命じられるまま、行きつけの美容院で「70年代風サーファーカットにして下さい」というオーダーを出してしまった私は、『間違った昭和』を訪れるなり由仁を問い詰めた。
「ばっちりだよ、聖園君。一瞬、ファラフォーセットが入って来たのかと思ったくらいだ」
由仁は明らかに勢いで言っているとしか思えない口調で私をおだてると、「それよりこっちのヘアスタイルはどうかな。本当はアフロにしたかったんだが、あまりに目立ちすぎるのも「確定」を促進するので良くないと思って、健太郎カットにしたんだ」
由自はきつめのパーマをビジネスマン風に固めたような頭をつき出すと、私に尋ねた。
「よくわからないですが、昭和ってみんなそんな感じだったんですか?」
「僕にもわからない。大人になった時にはもう、この髪型は流行ってなかったからね」
由仁は愉快そうに笑うと「さあ、渡航に必要なアイテムを見繕うとしようか」と言った。
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