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第十五話 友よ心に過去はあるか
「ううん、これじゃ駄目だ。このオーディオじゃ、二人の意識がシンクロしない。もっと同じ感覚を共有できるようなアイテムじゃないと」
「何の話です?」
「最初に「飛んだ」時は、君が僕を止めようとして一緒に飛んだいわば「事故」だった。つまり過去に行こうなんて意思はさらさらなかったってことだ」
「はあ……」
「だから出現した場所が離れてたんだよ。過去への旅はこの上なく危険な冒険なんだ。僕と君とで情熱の温度差があっては駄目なんだよ」
「……そうまでして近くに出現したいとは思いませんが」
私が小声で異を唱えると、思ったほどの同意を得られなかったことが不満だったのか由仁の演説がさらにヒートアップを始めた。
「聖園君、君の漫画に対する情熱はそんな物だったのかい?もし僕が今回の取材にしくじって、次回作が未発表に終わってしまったら漫画の歴史にとって巨大な損失になるとは思わないのかい?」
由仁の問いに対する私の答えは明白だったが、ここで正直な感想を口にしてもいいこと何もはない。私は本音をぐっと飲み下すと、「そうかもしれませんね」とため息交じりに同意した。
「……そうだ、西岡君、いいアイテムを思いだしたよ。うちの車庫に確か、古いベスパがしまってあったよね?」
「……ああ、大きすぎて買ったはいいけど、店内に置けなかったっていう奴ですね?」
「あれが確か70年代後半の製品だったはずだ。……よし、さっそく車庫の方に行ってみることにしよう」
私は由仁と西岡に促されるまま厨房の脇を抜けると、車庫へと続くドアを潜った。
「おお、まだちゃんとあった。……どれどれ?」
壁際に積まれた道具に埋もれるように置かれていたのは、一台の古いスクーターだった。
「なにかと思ったらスクーターじゃないですか。……これが先生の言ってた「いいアイテム」ですか?」
「そうとも。二人とも、こっちに来て引っ張りだすのを手伝ってくれ」
由仁は私と西岡に手伝わせ、埃を被ったスクーターを手前に持ってくると「よし、ここでいい。……上の方を拭いたらさっそく、出発と行こう」と言った。
「出発ってまさか、これに二人で乗るってことじゃないでしょうね」
私はどう見てもお尻が二つ収まるとは思えないシートを見て、率直な問いを放った。
「いかにも乗るんだよ。見ての通り五十CCだが、時空連続体に交通法規はない。仮にスピード違反を犯したとしても、捕まることもない」
「い……いやです。意識を失ったら転げ落ちちゃうじゃないですか」
「ふむ……言われてみればそうかもしれないな。……西岡君、何かいい対策はないかな」
「そうですね、何かで固定するしか……そうだ、あれを使いましょう」
そう言って西岡が壁際のガラクタから引っ張りだしてきたのは、アウトドアなどで使う細いロープだった。
「これでお二人の身体をスクーター本体に括り付ければ多少、上体が前後左右に傾いでも大丈夫です」
「おお、それは名案だ。ついでに僕と聖園君の身体も腰のあたりで結わえてしまえばさらに都合がいい」
「――いやああっ」
西岡はびっくりするほどの怪力で私と由仁をスクーターのシートに乗せると、ロープで身体を本体に括り付け始めた。
「よし、今度こそピンポイントに過去への着地を決めてみせようではないか。目標時刻は十九時、出現場所は選べないが、僕らの思いは時空を司る神に通じるはずだ。ゆくぞ!」
西岡が私と由仁の身体をロープで結わえた直後、ぽちっと嫌な音が聞こえた。
次の瞬間、身体が二つに引き裂かれるような感覚と共に風景が消え、あのどこかへ無理やり引っ張られて行くような感覚が私に襲い掛かったのだった。
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