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第五話 時には昔の取材を
「アシスタント諸君、お疲れ様。これでどうにか原稿が落ちる心配だけはなくなった」
再びエプロン姿に戻った由仁は、満足げな笑みを浮かべて言った。
「さあ、一息ついたら次回のネームをみんなで練ろうではないか」
「あのう……みなさんの技術は素晴らしいと思いました。アナログって奥が深いなあと……でも、やっぱり私はまだデジタルの方がいいみたいです」
私はアナログ方面への勧誘をやんわりと辞退すると、凄腕だが面倒くさい身内からのがれるための策を練り始めた。
「除雪の続きもあるし、今日のところはネタ出しだけで終わろうと思うんだが諸君、何か面白いエピソードはないかな?一応、舞台となる時代が昭和だから、そのあたりの時代性も考慮してネタ出しをして欲しい」
「ちょ、ちょっと待ってください。私に昭和のエピソードなんか思いつくわけないじゃないですか。無理あり過ぎです」
私が暗にリタイアを仄めかすと、由仁は「新しいエピソードでも、面白ければちゃんと昭和風に焼き直すから大丈夫」と、退路を断つようなフォローを口にした。
「……参ったなあ」
私がフロアを埋める『お宝』を見つつ話を盛ってでもこの場から逃げだそうと頭をひねり始めた、その時だった。
「先生、ちょっと思いだした話があるんですが」
突然、西岡が挙手すると、由仁が「おっ、早いね。さすがは西岡君だ」と言った。
「漫画のネタになるかどうかはわかりませんけど……先生、商店街の外れから二町くらい行ったところに昔、ディスコがあったの覚えてますか」
「ディスコ?……呼び名からして相当昔だな。そう言えばあったような気がする」
「ディスコってなんです?」
私が問いを放つと、西岡は「ああ、星冲さんはわからないか。今で言うクラブみたいなもんです。若者が踊る場所」と噛んで含めるように説明した。
ああ、と私は思った。それならわかる。クラブに行ったことはないが、ようするに大音響の中で密集した人たちが踊る場所だ。
「まあ、昔と今とじゃDJの意味もちょっと違いますけどね……とにかく、一回り上の姉が中学だったころ……79年頃の話かな。その頃、街に初めて大きなディスコができたっていうんで、随分と話題になったらしいです」
「79年……」
私は頭がくらっとするのを感じた。私が生まれる遥か昔だ。
「その頃、姉貴は地元の大学生がやってるバンドのファンで、時々こっそり友達とバンドのメンバーに連れて行ってもらってたそうです」
西岡の語る昔話に、由仁が「ふうん……興味深い話だけど、風紀的にはよろしくないな」と眉をひそめた。
「実は当時、中央で売れ始めた地元アーティストがそのディスコにしばしば、来てたらしいんです。姉貴と大学生たちはそのアーティストを目撃するために行ってたふしもあったとか」
「……で、そのアーティストは現れたの」
「ええ。何度か見かけたそうです。気がついたらフロアの中心にいて、そしていつの間にか消えてしまってたとか。姉貴たちは何とかして追いかけたいと思ってたみたいですが、客用の出入り口の傍でいくら待っていてもそれらしい姿を見ることはなかったそうです」
「ふうん……そうなると考えられる可能性は二つだな。警備の人とか清掃の人とか別人に扮して脱出したか、バックヤードから従業員の陰に隠れて脱出したか」
「ただ、十年くらい経って姉が偶然、当時店で働いていた人と会って聞いた話では、アーティストが警備や清掃に化けてればわかるはずだし、秘密の出入り口もなかったとのことです。こうなるともう、気づかなかっただけとしか考えられないんですが……こんなんで一本描けますか?」
「そうだなあ……まずはその現場に行ってみて、どういう状況だったかを確かめてみないことには物になるかどうかもわからないな」
由仁はそれなりに興味を惹かれたらしく、テーブルに身を乗り出して言った。
「現場に行く?……そのディスコって、今でもあるんですか?」
私が驚いて尋ねると、西岡が首を振って「二十年以上前に取り壊されてなくなってます。たぶん先生の言う現場ってのは現地の事じゃなくてつまり……」
「そう、79年当時の現場だ。その年代なら、この辺にある物を使えば割とピンポイントに『出現』できるんじゃないかな」
突然、意味不明の事を口にし始めた由仁を訝しく思いながら、私はとりあえずネタらしき物が出たことにほっと胸をなでおろしていた。
「よし、善は急げだ。さっそく出発の準備をしよう。早ければ今日中に取材を終えられる」
「しゅ、取材?」
なぜか店内を物色するように見回し始めた由仁を見て、私はいよいよお暇しなければ大変なことになりそうだと思い始めた。
「よし、これだ。このゲームテーブルが大体、79年ぐらいだろう」
由仁はそう言って画面のついたテーブルの前に陣取ると、「それじゃあ二時間ばかり、行って来るよ。お店の方を頼む」と私たちに明らかに行動とそぐわない言葉を口にした。
「行って来るって……どこに行くんです?」
私が尋ねると、由仁は口の端をぎゅっと曲げて「決まってるじゃないか、79年だよ」と言った。
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