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第六話 日帰りマシンにお願い
「これは『不確定推進機』だよ。優れた物理学者だった祖母が僕に残した唯一の形見だ」
そう言って由仁が私に見せたのは、赤いボタンが付いた手のひらほどの大きさの装置だった。
「これを特定の時代に造られた物体に装着し、起動する。すると近くにいる人間の存在が不確実に変化するんだ」
「……ごめんなさい、全然、わからないです」
「例えば過去のある時代にもう一人、君が出現したとしよう。時間が経って、今君のいる時代までそこで過ごすとどうなる?」
「……私が二人になる?」
「そう、その通り。そしてそんなことはあり得ない。しかしこの装置は二つの連続した時間に同じ人間を同時存在させるため、両方を「あるようなないような」状態にさせるんだ」
「あるようなないような……」
「通常、装置のタイマーは常に二時間に設定されている。作動して二時間が経過すれば過去に出現した自分は消え、強制的にこちらの自分が確定する――つまり戻って来るのだ」
「私を見た人が覚えていたら、どうなるんです?」
「こちらの君が確定された瞬間、忘却と言う形で修正されるだろうね。ただし装置に不具合があったり、過去の君がその時間に強烈な存在感を刻んでしまった場合は別だ。消えてしまうのは「こちらの君」かもしれない」
「そんな、恐ろしい……」
「そうでもないさ。「昔の方がよかった」なんて人にはその方が幸せかもしれない。人生をやり直せるんだからね。ただその場合、現在までその人が生きられるという保証はない」
「つまり戻ってこられるのがベストで、最悪の場合は向こうで一生を終えるってことね」
「いや、さらにその上の最悪がある。どちらの君も確定要素を持ちあわせないまま、装置の不具合が続けば二人同時に消滅、と言う可能性も考えられなくはない」
「そうなったら、私は始めからいなかったことになるの?」
「それか、この『間違った昭和』の中で忽然と消えたって事になるだろうね。……さあ、説明はこのくらいにして、僕はもう行くよ。二時間の間、間違ってもこっちにいる『不確定な僕』の身体に触れたり動かしたりしないように」
「それってもしかして、動かした途端にこの世から消えちゃうってことですか」
「あるいはね。万が一、僕が消えたら残りの雪かきは君たち二人でやって貰うことになる……それじゃ!」
「ちょっ、ちょっと待って下さい先生……あっ!」
スイッチを押してがくりと項垂れた由仁に私がうっかり触れた、その時だった。
突然、身体が凄まじい力で揺さぶられたかと思うと意識と一緒に粉々に砕かれ、無理やりどこかに運び去られるような感覚が私を襲った。
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