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第九話 過去で逢えたら
「わ、新しい、綺麗」
バスの運転手に尋ねながら『間違った昭和』のある街区にたどり着いた私は、化粧タイルの色も鮮やかな由仁の家を見て思わず感嘆の声を上げた。
「でもここに当時の先生がいたら、同じ時代に二人いることになるよね……四十年前だと先生はいくつ?三歳とか五歳?」
私はまだ店舗の体をなしておらず『古民家』ですらない由仁の生家を見て、首をひねった。仮に現在の由仁がここを訪れたとしても、どちらが偽者かと言われれば「不確定」な方に決まっている。私たちはこの時代にいてはいけない存在なのだ。
――穂香ちゃんだって私に違和感を感じてたみたいだし、やっぱり色々と不自然なんだ。
私はここに来る途中、何度も投げかけられた不躾な視線の意味をほぼ理解していた。
当時、今の私のような女の子がいなかったとは思わない。しかし四十年以上前の地方都市はたぶん、ファッションもメイクも雑誌の真似をするのが精一杯で主な入手先は近所のスーパーか都心部のデパート以外になかったのだ。
スマホもない、コンビニは街に一、二軒あるかないか、百均もない。私を形作っている要素がこの時代には一つもない。
私は覚悟を決めると、門をくぐって敷地の中へと足を踏みいれた。すると、待ち構えていたかのようにドアが開いて三十前後くらいの女性が姿を現した。
「あら……どなた様?」
女性の風貌を見た瞬間、私の中にある予感がよぎった。もしかすると……
「あ、あの、こちら鵡川さんのお宅でしょうか?」
「……そうですけど、あなたは?」
私は一つ息を吸うと、一世一代の大嘘を並べ始めた。
「私は身元を調査する……なんだっけ、こ、興信所の者です。実はある人物の素行を調査していまして、このあたりで四十代くらいの中年男性が遠い親戚を名乗って現れてはいないかと……」
私は冷や汗を描きながら、架空の調査を思いつくままに喋り始めた。我ながら支離滅裂だとは思うが、ようは由仁らしき人がここを訪れているかどうかさえわかればいいのだ。
「四十代くらいの人ですか……うちには来てませんけど」
「あ、ありがとうございます。では私はこれで……」
私が礼を述べてそそくさと退散しようとた時、突然、背後から子供の声が聞こえた。
「――おばさん、由仁ちゃんいる?……あ、お客様だったの、ごめんなさい」
振り返った私はそこに立っている人影を見て、もう少しで声を上げそうになった。
――この顔、この声。……この子、「お母さん」だ!
不思議そうな顔をしている小学校高学年くらいの少女を見て、私はそれが子供時代の母であることを本能的に確信した。
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