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5.盗っ人の事情
「もう逃げ場はねぇぞ。観念しろよ」
逃げ場のない2階の廊下。全身灰色の盗っ人は、果敢に抵抗をみせ、激しく刃を交えたものの、遂に奥まで追い詰められると、血に塗れた両腕をダラリと下げて降参の体になった。
「ガキ共が、腹空かせてんだ……見逃してくれぇっ!」
肩が上下に大きく揺れる。息づかいが荒いのは、疲労と緊張のためだろう。体力に余裕のある俺は、ジリ……と間合いを詰め、尚もプレッシャーをかける。
「フン……そんなこと知るかよ」
「頼む! 明日の夜には、荷物を纏めて、アジトを出ていく!」
繁華街の路地裏にたむろしていた頃、この手のゴロツキは掃いて捨てるほどいた。人のものをくすねては誤魔化し、その場限りの言い訳を吐いては、同じ犯罪を繰り返す。かく言う俺自身、そんなクズみたいなヤツらと変わらないろくでもねぇ生き方をしていた。
だから分かる。コイツの言葉は信用ならねぇ、ってな。
「テメェが盗んだモンがあるだろう。マフラーとかクッションがよ? 返してもらおうか」
ギリ、と歯を食いしばったあと項垂れて、ヤツは縋るような上目遣いで、情に訴えてきた。
「後生だから……あれがねぇと、ガキ共が凍えちまう……」
「知るかよ。姫様のモンに手ぇ出しやがって」
盗んだものが取り返せないなら、今すぐ切り裂いてやるんだがなぁ。凶暴な衝動を抑え込みながら、それでも自分の瞳がランランと輝くのは止められない。
「グッ……返せば……見逃してくれるか?」
俺の本気に気圧されたか、男は力無く聞き返す。チッ。グタグタうるせぇ。
「そうさなぁ……まずは、テメェのアジトに案内しろ。妙な真似すりゃ、即、薄汚ぇ首と胴体を切り離してやる」
ニヤリと凄めば、ヤツはビクリと震え、コクコクと無言で頷いた。
俺はヤツの首根っこを掴んだまま、アジトまで先導させた。
勝手口から抜け出して、月明かりが蒼く降る深夜、冷えた夜気の中を進む。湿った下草と土の臭いに、深まりゆく秋を肌で感じる。城の住人達は寝静まり、城内の死闘は床に痕跡を残すのみ。気付く者はまだいない。
やがて、中庭の隅にたどり着いた。外壁近くに転がるレンガと桜の木の根との間に、ポッカリ開いた穴があった。刈り込まれていない芝生に隠して、こんなところにねぐらを作られていたとは――迂闊だった。
「と……父ちゃんっ!!」
「馬鹿野郎っ、顔を出すんじゃねぇ!」
尖り顎の痩せこけた少年の頭が、穴からひょこっと覗いた。男は鋭く叫んだが、俺はその喉元に短剣を突き立てる。
「グゥッ!」
「父ちゃんっ! 止めろぉ!」
ツッ……と赤い糸が一筋が垂れる。少年は堪らずにアジトから飛び出した。震える両手が拳の形になっている。その後から後から小さな頭が現れて、丸い瞳を強張らせた。男は、幼子達に向かって、首を小さく横に振る。切っ先が触れ、喉にもう一筋、赤い糸が流れた。
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