舟の上

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舟の上

男は目を覚ました… 周りが明るい、海水に日の光りが乱反射していた。 男は小舟の上で波に揺られている。 何でこんな所にいるんだ? 家で寝ていたはずなのに… 一体何が起きている? アヤメと一太はどこだ? 辺りを見回したが大海原が広がるばかりで何も見えない。 小舟は村で葬儀の際に使う簡易のものだったし、男が着ている物も白い死に装束だ。 ずいぶんと長い間眠っていた気がする… 島では死人が出ると棺桶のかわりに舟を用意する。   舟に遺体を乗せ引っ張っていき、島の沖にある海流に流して弔うのが慣習になっていた。 眠っている間に死んだと思われて水葬されたのだろうか? 暑いな… 供えられていた瓢箪から水を飲んだ。 水は暑さで白湯のように温かったが身体に染み込むように美味かった 櫂もなく、小舟は海流に乗って流されていた。 男は漁師で海には慣れていたが、これでは手の打ちようもない。 このままだと3日と持たず干上がってしまう… 直射日光を避けるため敷いてあったゴザを頭から被った。 絶望的な暑さの中で男はまた妻と子供の事を考えていた。 幼馴染のアヤメに嫁になってくれと頼んだ日の事。 初めて一太を見た時、こんなに愛おしいものがあるんだと初めて知った日の事。 家に帰りたい。 瓢箪の水が無くなれば、俺はミミズの様に船の上でカラカラになる。 クソ何でこんな事に… 暑さで意識が朦朧としてきた。 起き上がって水を飲もうとしたが、身体が鉛の様に重くて動けなくなっていた。 起き上がるのも億劫で諦めてしまった。 あぁ もうすぐ死ぬな… 死への恐怖が迫る中で、一太とアヤメにもう一度だけ会いたかった。 2人の声が聞きたかった。 短い間だったが楽しかったな… 男は意識は暗闇の中に落ちていった。
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