幻水

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幻水

巫女の私に与えられたのは、教団施設内にある10畳程の部屋が3つにトイレが付いたホテルのような場所だった。 ベッドルームにはベッドと化粧台、クローゼットがあり、もう一方の部屋には 机とソファ、棚があるだけの可愛げのカケラもない実務的な部屋だった。 もうひとつの部屋は、付き人という名の監視人のための控えの間になっていた。 その日も、いつものように禊ぎから1日が始まった。 禊ぎという名の入浴中に部屋の清掃が行われる。 普段なら朝食の後、家庭教師がきて部屋で勉強の問題集をする、そんな日が一週間程繰り返されていたがこの日は違った。 禊ぎから戻ると、付き人から今日は教祖が此処に来ると伝えられた。 いつもは家庭教師が来る時間に教祖は部屋に現れた… 教祖は部屋に入ってくると人払いをした 笑顔を浮かべると 「こんにちは」 と静かに私に声をかけた。 私は、ただコクリと頷く。 教祖を間近でみるのは、この日が初めてだった。 講話の時はいつも遠くからしか見た事がなかったから。 そしていつもの教祖は左眼に眼帯をつけていたが、この日はつけていなかった。 教祖は左眼だけが蒼かった。 ソレは深い深い井戸のようだと私は思った。 教祖は私の視線を感じたのか 「ああ この眼は生まれつきでね。」 と呟いた。 「ところで… ご両親から相談されたんだけど、 君には人に見えないものが見えるんだって?」 教祖は穏やかな口調で私に尋ねた。 私はその言葉を無視した。 コイツさえいなければ私は、普通に暮らせていたのに… 怒りで握り締めていた手が震えた。 何も答えない私を気にせず教祖は言葉を続けた。 「それはただの幻覚かもしれないし そうでは無いかもしれない。 それは、きちんと調べてみないとわからない。    ただね…」 「この世界にはね ちょっと個性的な力を持った人が存在する。 そういう力は、多少の差こそあれ持ち主を害してしまうものなんだ。 どうすればその《力》を上手くコントロール出来て、一般社会にとけこめるのか 僕はずっとその方法を探しているんだ…」 教祖の言葉は半分も耳に入って来なかった。 憎い  その時、私を支配していた感情はコイツが憎いというものだった。 だから私は怒りに任せて初めて蛇口を全開に開いた。 教祖の蛇口からは水が勢いよく流れ出す 幻覚の蛇口でも水が出るんだ…と変に感心したのを憶えている。 ソレは私にしか見えない幻の水だった。 教祖の脇にある蛇口から流れる幻水を私はただ眺め続けた。
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