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楽園
男は自分の事を伊藤と名乗った。
これが本名だったのか偽名なのか町田には今もわからない。
町田にとって、それはどうでもいい事だった。
「おい 手伝え 日が落ちる前に運ぶぞ」伊藤は俺に命令した。
伊藤が男の肩を持ち、町田が脚を持って2体の遺体を車まで運んだ。
男達の車のトランクに遺体を載せると
伊藤は何処かに電話をした。
「2人殺った これからそっちに向かうから穴を掘って置いてくれ、それと車の処分の準備も頼む。」
伊藤は振り返ると
「早く乗れ」
と立ちすくむ町田に命令した。
拳銃を持った相手に対して選択肢はなかった
一難去ってまた一難、言われるがままに車の助手席に乗り込んだ。
「お前には3つの選択肢がある…」
車を走らせながら伊藤は言葉を続けた
「1つ目は俺に殺される
2つ目は今殺したアイツらの仲間に殺される
3つ目はこれから行く楽園で神に仕え暮らす」
こんな冗談みたいな質問をコイツは本気で聞いてきた。
3つ目を選択する以外、生きていく方法はない…
まだ3つ目の選択肢があるだけマシだったと思うべきなのか?
そして俺は自分の意志で楽園とやらに行く事になった。
30分ほど車は走った。
途中で山道に入り少し登ると、平らにならされた高台に出た。
当たりは真っ暗だったが重機があり、その一角は投光器で照らし出されていた。
作業着を着た男が2人コッチを見ている
伊藤は男達の脇に横付けすると車を降り2、3言葉を交わした。
助手席のドアを開け町田に向かって
「あの車に移れ」
と少し離れた場所に停めてある黒のセダンをアゴで示した。
町田が車を降りると、投光器が照らす場所には既に深さ2m以上の穴が掘ってあった。
「後は頼んだぞ」
男達に声を掛けると伊藤は黒のセダンに向かって歩き出す、町田も慌てて後に続いた。
車はまた何処かに向かって走り出した。
「オマエ何をやらかしたんだ?」
伊藤は俺に尋ねてきた。町田は会社が倒産したこと、特殊詐欺の片棒を担いだ事、詐欺グループの稼ぎを横取りしようとして殺されかけた事をポツリポツリと話始めた。
「話はわかった、裏は取らせてもらう
嘘が有れば命はない。
でも話が本当ならオマエは神によって救われる、何も心配する事はない。
全てはおぼしめしだ…」
コイツは頭がおかしいと町田は感じていた。
躊躇なく平然と2人も殺し、二言めには神だ、おぼしめしだと、のたまう狂信的な言動は常軌を逸している。
極度の緊張と興奮で忘れかけていた身体の痛みがぶり返してきた。
伊藤はまた話を始めた。
「現世は地獄だ…それはオマエも身に染みてわかっているだろう?
地獄を生き続けなければならない人間には一時休む場所が必要なわけだが、それを俺達は楽園と呼んでいる。」
「俺は楽園の保守の仕事をしている。
たまに宣教師としてオマエの様な幸が薄いヤツを拾ってくる事もある。」
痛みを堪えて町田は黙って話を聞いていた。
「オマエの話に嘘がなければ楽園はオマエを受け入れてくれるだろう。
オマエはもう十分頑張った、あそこには医者もいるから少し休め。」
「だからアイツらを殺して俺を助けてくれたのですか?」
「あぁ それは違う アイツらが偉そうでムカついたからだ」
それだけの理由で2人も殺したのか…
一瞬いい人なのかもと思いかけてしまった。
ただ自分がそれで助けられた事も間違いではない。
車はまた山道に入りしばらく走ると小さな集落についた。
「降りろ ここが楽園だ」
伊藤は古民家風の家の前に車を停めた
俺の楽園での生活がこの日から始まった。
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