【 第1話① 】

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【 第1話① 】

桐山(きりやま)! ほら、まずは柴崎(しばさき)先生がいらっしゃったぞ」  地上にどんと置かれた、約六メートル四方、高さ二メートル強の銀色の巨大な箱物。その箱物の入り口付近で、気もそぞろに客の到着を待ち構えていた津久井二郎(つくいじろう)は、三十メートルほど先にある会社の正門に現れた最初の待ち人の姿を視認するや、部下である設計部部長の桐山巧(きりやまたくみ)に注意を促した。  津久井は、普段より気合の入ったストライプのグレースーツを着ていた。元々恰幅がよかったのだが、日々の晩酌の賜物により、さらに一回り肉付きがよくなってしまった体。それに合わせて、ワンサイズ大きいものをオーダーメイドで作り直したばかりの新品だ。  ネクタイは、柄の入ったえんじ色。妻から贈られたもので、勝負時には必ずこのネクタイを締めるようにしていた。  部下の桐山は、ややくたびれた無地のブラウンスーツに、地味な紺色のネクタイという姿。小柄かつ猫背であることも、スーツのみすぼらしさを演出するのに一役買っていた。 「わかってるよな桐山。これは社運を懸けた企画なんだからな。絶対に気を抜くなよ。今回、大した宣伝もしてないのに、運よく三人も見込み客が見学に来てくれるんだ。この見学会が成功して売上に繋がれば、担当者であるお前の査定にも大きく影響するんだからな。気合入れろよ」  太い眉毛に力を込めつつ、桐山に発破をかけた。目も鼻も口も大きい津久井の野性的な顔立ちは、独特の威圧感を与えるのに効果的だった。 「はい、わかっております」  桐山は、津久井とは対照的な顔立ちをしている。小柄な体に沿うような、小さな目と小ぶりな鼻。  地味な顔、で辞書を引くと「これである」と載っていそうな顔をしていた。 「頼んだぞ。親父の有能な懐刀(ふところがたな)だったお前だからこそ、今回の大任を果たせると思ったんだ。期待してるぞ」 「お任せください」  桐山は終始、抑揚のない声で返答していた。
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