【 第1話② 】

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【 第1話② 】

 東京都青梅市にある某所。暑くも寒くもない、程よい気候の十月の平日。よく晴れた昼下がり。  ここは津久井二郎が経営する、地場では中堅クラスの老舗会社『株式会社シェルターワールド』のだだっ広い敷地内。そこに置かれた、巨大な銀色の箱物。核シェルターだ。本来は地下に埋め込むタイプのものだが、見学用なので地上に置いてあった。  この会社はもともと、戸建てやマンションのリフォームをメインに行なっていたが、十年ほど前から家庭用小型シェルターの企画・設計・販売へと舵を切り、その際に社名も『津久井製作株式会社』から『株式会社シェルターワールド』へと変更した。  当時専務取締役だった津久井二郎による、「これからはシェルターの重要性が高まる」という方針により家庭用シェルターの販売を始めたところ、売れ行きが好調だったためだ。  社長だった父親、津久井一郎は、息子の慧眼(けいがん)ぶりを目の当たりにしたからか、自分は完全に引退するべきだと悟り、二年前、津久井二郎に社長を譲ることにした。  津久井一郎は代表権のない会長に退き、津久井二郎が完全に実権を握ってからの最初の企画が、『富裕層向けの豪華シェルター』だった。試作品が完成したため、三カ月前から参加者を募集し、いよいよ今日、豪華シェルター見学会の第一弾が開催されたのだった。  津久井と桐山は、まず最初に訪れた柴崎武彦(しばさきたけひこ)に対し慇懃(いんぎん)に頭を下げた。それから桐山は、これまでのおとなしさを脱ぎ捨て、意気揚々と口上を述べた。 「柴崎先生! 本日は、わ、我が社のシェルターけんがっきゃ……見学会にお越しいただき、ま、誠にありがぷす!」  大事な第一声を清々しいほどに噛んでしまった桐山に向けて、津久井は冷ややかな視線を送る。しかし、怒り半分、可笑(おか)しみ半分といったところだ。「ありがぷす」の持つ間抜けな響きには、まるで笑気を吸入したかのように強引な笑みを作らされてしまった。よりにもよって、なんて噛み方をしやがるんだ。  だがそれも、社運を懸けた大事な見学会ゆえの気負いだろうと良い方向へ解釈し、すぐにフォローに入った。 「ようこそ、柴崎先生。我が社のモデルシェルターの見学会にご参加いただき、ありがとうございます」 「モデルルームならぬ、モデルシェルターかぁ。いやぁ、楽しみにしていたよぉ、この日を。このご時世、シェルターはできれば持っておきたいからねぇ。某国によるミサイルの脅威もあるし、いつ新型のウイルスが蔓延したりするかもわからないしねぇ」  顎には上品な白みがかった髭がたくわえられており、髪はグレーに染められている。初老とは思えないほどスラリとした体型をしており、姿勢もいい。柔和さが滲み出ているような、常にほんのりとした微笑みが貼り付けられた顔と、薄い黄色のカーディガンが、よくマッチしていた。
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