14人が本棚に入れています
本棚に追加
【 第1話③ 】
柴崎の言葉に勢いづき、津久井が畳み掛ける。
「おっしゃる通り。このご時世、富裕層の方はシェルターぐらいは持っておくべきです。なにせイスラエルやスイスは、家庭用シェルターの普及率が100%ですから。日本だけですよ、先進国でこんなにもシェルター普及率が低いのは。わずか0.02%ですからね」
「その通りだねぇ。そうなってくると、シェルターを提供する君の会社は、これから隆盛を極めるかもしれないねぇ、若き二代目社長の二郎君」
津久井は神妙な表情を作り、かぶりを振った。「いやいや、若くはないですよ。もう四十歳ですから」
「社員が百人近くもいるような規模の会社の社長としては、充分若いよぉ。私なんてそろそろ還暦だ。もうジジイだよ。参った参った」
「何をおっしゃいますか。柴崎先生の若々しさを目の当たりにして、還暦前だなんて思う人は誰もいませんよ。なあ桐山?」
不意に話を振られた桐山が、背筋を伸ばす。「ええ、そりゃもう。お顔の皺のなさといい、毛量といい、矍鑠とした動きといい、まるで四十代前半です」
「はははっ。五十八のジジイを捕まえて、随分嬉しいこと言ってくれるねぇ。こりゃもう、見学会の前に契約してしまおうかなぁ」
その言葉に、津久井はピクリと反応した。
「是非、是非! それに、柴崎先生はクリエイトビルディングの大株主ですから、このシェルターの売上が伸びれば配当金も増えますし」
「確かにその通りだなぁ。製造請負会社の大株主としての責任もあるし、是非前向きに購入を検討するよ」
それを聞いた桐山は、不意に顔を背けて軽く俯いた。気にはなったが、津久井は柴崎との会話に集中することにした。
「ありがとうございます。さ、お入りいただいて、中にあるお好きな椅子に掛けてお待ちください。これから続々と参加者がいらっしゃいますので」
柴崎は満足そうに、厚さ三十センチの分厚いコンクリート扉が開かれたままになっているモデルシェルターの中を覗き見た後、この見学会のために用意された即席の三和土で靴を脱ぎ、スリッパに履き替え、室内へと入った。
「ほぉ。シェルターというから無機質な部屋を想像していたけど、完全に普通の部屋じゃないか。いや、普通以上だねぇ。綺麗なカーペットが敷きつめられているし、壁紙も古びた赤レンガ風で実に気持ちが安らぐねぇ。遠目からだと、本物の赤レンガに見えるよ」
「そうなんですよ」津久井がつい鼻息を荒くしながら答える。「避難用のみでなく、平時はレクリエーションルームとして使えるようにと考えておりますので、室内の見栄えにはこだわりました。リラックスして過ごせる空間を強く意識しております」
「うん、なるほど。なるほど」
柴崎は、より一層柔和な笑顔を浮かべ、室内を見渡しながら中へと入り、目の前にあった白い丸テーブルの横に置かれている椅子に座った。その様子を確認してから、津久井と桐山は柴崎に一礼し、次の客を迎えるために会社の正門の方を向いた。
すると、桐山が不安そうに津久井へ小声で問いかけた。
最初のコメントを投稿しよう!