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丑三つ時墓場にて
誰もいない墓所にて一人、不味い酒を食う。
丑三つ時。
故に誰もいない。人の声はもちろん、虫さえも黙し、聞こえるのは己の吐息くらいか。
冬の寒さは身に染みる。両手を擦り合わせてそこに息を吐けば、白い。
はて、友のために酒を持ってきたのは良いがこれに合うツマミはあっただろうか。と男は思う。骨ばかりが浮き出た手で目当てのものを探す。
歩行の邪魔になるため、荷物など多く持っていない。懐を探っても出てきたのは数枚の小銭だ。
ツマミがないならそれもそれで仕方がない。そう男はため息をつく。丸みを帯びる鼻に小さな粉雪が乗る。
それすら払わず、再度酒を一口嘗める。
冷たいはずの酒は、それが通る箇所からゆるゆると熱を帯びる。
「おまえは極楽浄土にはいかれないな」
二口。
そう言って手の甲で口を拭う。
目の前にいるのは友の成れの果てだ。
友は若かったが、それを嘆く者などいない。
こちらから見れば良い人間だったが、他から見ればそうではなかったろう。
人を脅し、金を奪い、服だけではなくその髪すらも奪った。それの果てが名すら掘られなかった簡素な墓。
板きれが斜めに刺さり、細かな雪が積もっている。空の器はすでに蜘蛛畜生の住処となっている。
それでも友は「構わない」と笑うだろう。
男たちは家なしで、だからこそ可能な限り奪ってきた。
ほら、いずこかの寺には追い剥ぎの巣になったじゃないか。と男はいう。
侍は落ちぶれ賊ともはや変わりがない。
「ここが混沌だろうさ」と、だいぶ前友が悲しげに言っていた気がする。
「善も悪も何もない。導かれる者もいないし、いたとしてもそれに従うものはない。誰もが生きるために必死でこうして食ろうている」
そう言って白く濁った魚の目玉を突いていた。それを見て気分が悪くなり出て行ったのを覚えている。後悔こそしていないが、どうして彼がそう思ったのか男にはてんで理解ができない。これからもずっとそうだろう。
「そちらはどうだ? ここが混沌ならそこは果てか?」
男が一人そう笑って酒を啜る。
端から酒をこぼし、豪快に笑い、そして突然持っていた椀を転がした。
その男の背後には太い棒を持った若い男がいる。
「悪く思うなよ」
そういって転がった腕を拾うと若い男は闇夜に消えた。
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お題:混沌の彼方
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