おめでとうの夜

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おめでとうの夜

 お題:きちんとした失望  中くらいもある真っ白なケーキがテーブルの上に置かれている。  台所を見ると、いつもならこちらに背中を向けて何かしら作っているお母さんの姿はきっと会社に吸われている。  テレビの方を見ると、いつもならこちらに背を向けて何かしら見ているお父さんの姿はきっと会社に吸われている。  いい加減ケーキがダメになってしまうと、手を伸ばそうとして結局やめるのは。いよいよ自分が惨めに思えてきたからだ。  疲れたように刺さっている身長の低いロウソクはタラタラと生クリームを汚しているし、どっかり居座ったチョコレイトも汗を書いては字を滲ませている。  気晴らしにテレビを見ようとリモコンを持つけれど、いつになっても暗い液晶に画像が流れないのは電池が切れているからだろう。  「よいしょ」と、動くのも酷く惨めで、呼吸をすることさえ悲しく思える。  床に放ったランドセルを拾って、遊びに行くのを断った友達たちを思い出す。  隣に住むお姉さんはきっと優しくしてくれるだろうか。  お姉さんはいつもお話をしてくれる時、いい匂いをさせていた。  拾った拍子でボロボロとランドセルから溢れるノートと下敷きは、床に広がって、しまいには磁石が弱くなってしまった筆箱から鉛筆や角が溢れる消しゴムが溢れ出た。  どうしようもなく惨めで、悲しくて、僕はそれを「えい」と、床に叩きつける。けれど、結局のところ現実は変わらない。  投げたからといって父も母も帰ってくるでもなく、おねえさんが優しくしてくれるわけでも、友達が来るでもない。  ただ床に跳ねた消しゴムがグチャッと、音を立ててケーキの中へと突進し、生クリームの中で溺れるものだからいよいよ目から涙が溢れてきてしまった。  ゴーンゴーン……。と、壁にかけた時計が日付を越えたと知らせてくれて、そういえばお風呂に入ったはいいけれど、夜の寒さに体はすっかり冷え込んでしまったらしい。  生クリームでベタベタになった消しゴムを取り出して、ゴミ箱に放った。  ケーキを捨ててしまってもいいけれど、結局はお小遣いでかったものが勿体無いというちんけな気持ちが邪魔をした。  「贈り物」  と、思ったけれど、はたしてこれも役目が立たないまま部屋の隅に追いやられてしまった。  ケーキをそのままにするのも、贈り物をそのままにするのも、なんだか見てくれと言うものが悪くて重い気持ちのまま片付ける。  お母さんはケーキを見て笑ってくれたんだろう。  片付けながらそう思う。  贈り物を見たお父さんは笑ってくれるのだろう。  ちびたろうそくを取り除くと、指にクリームがついてしまった。  箱に戻し、そうっと冷蔵庫に戻す。  笑ってくれればきっと、喧嘩はなくなると思ったのだ。  それはきっと、小学生の自分が考えるのはあまりにも浅はかで傲慢なことだった。だからこんなことになってしまったに違いない。怒りの先は、結局のところ両親ですらなかった。  涙を滲ませ、拳を作り、怒鳴りたい相手は鏡にしっかりと映っていた。
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