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芸術家の部屋
お題:天才の暴走
その部屋は、今や恐ろしいことになっていた。
黄色、桃色、緑色――……。他にもたくさんの蛍光塗料で好き勝手に塗りたくられている。 それは壁だけではい、家具も蛍光灯もさらには窓ガラスでさえも。
そんな部屋の中心には年寄りの芸術家がいて、大きなキャンパスの前でそれこそナイフを振り下ろすかのようにハケを使って抽象的な何かを全身で描いている。
はたしてそれを「絵」というのだろうか。
芸術家は、蛍光塗料で塗りたくられたカセットデッキでクラシックを爆音で鳴らし、それに合わせてハケを振っている。
指揮者といえば聞こえはいいが、他のものから見たらただただ好き勝手に暴れているようにしかみえない。
「しようがないよ」
隣人は諦めた口調でそう言う。
「あの子は心を病んでる。画家だか、アーティストだか、知らないけどね。だけど、病んでるよ。見ればわかるでしょう? あの形相。大家に頼んでも聞く耳も持たない。しかも、弟は有名な政治家らしくて、強制退去もできないみたい」
でも、それほどまでなことをしないと芸術家とは言えないのかもしれないね。と、隣人は言って迷惑そうに扉を閉める。
芸術家は、今日も今日とて筆を振るう。
自身の体に付着する蛍光塗料が、皮膚の炎症を起こさせても、気にもとめない。
長く伸びた髪を切り、それでハケを作り、インクで汚れた飯を素手で食う。その飯が何日前の物かは本人にさえわからない。
すでに塗る場所もなくなったキャンパスに上から塗りたくる。
ある日、ひどい悪臭の通報で、芸術家の部屋に大家と警察が出向いた。
部屋の中心には、もう冷たくなって動かない芸術家がいた。けれど、大家も警察も最初それを恐ろしいものとは思わなかった。ただただ困惑したのだ。
部屋一面に塗りたくられた蛍光塗料、それは芸術家の体にも大量に付着している。
部屋、そして自身を使った驚くべき芸術がそこにはあった。
けれど、残念なことにそれを評価する者はない。
誰もがそれを「混沌だ」「ひどい有様だ」と言った。
大家は部屋の有様にひどく憤慨し、警察は孤独死としるやいなや然るべき場所に事務的に連絡を開始した。
「まるで暴走だよ。死に際のさ。おお、迷惑だこと。本当に嫌になっちゃうよ」
友人とお茶を嗜みながら、不満げに大家はそう吐き捨てた。
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