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吹雪の夜
お題:夜の狐
寒い日のことであった。
粥を作りながら両手を擦り、暖をとる。
ふつふつとそれが煮えたところで一匙、口に入れるよりも先に戸が叩かれた。
こんな夜更けになんだろう。
そう思い。けれど、自分は老いた身であるから、薄い戸の先に誰かがいたとしても太刀打ち出来そうにない。かといってこのような狭い部屋、逃げる場所など見つからない。
息を潜めてすぎるのを待つ、その間ふつふつと粥は煮立つ。
再度、とんとんと戸が叩かれ、そこから「すみません」と泣くような女子供の声がしたのならば、開くしかないだろうと思った。
開けると、そこにはまだ五つにもなってないであろう子供を抱いた女がいた。
どちらも弱りきっており、泣き出しそうな顔で己を見るなり首を垂れた。頭、肩には雪が積もっている。
見ているだけで気の毒になり、中に入れてやり、粥を出す。
「いいんですか?」
女の弱々しげな声に頷いたのも、やはり憐れみからだ。
女は一匙それをすくうと、ふうふうと不慣れな手つきで息をかけ、まずは子供に与えた。子供は思った以上に熱かったのだろう。口に触れるなりギャッと小さく声をあげて、半ベソをかいて母親を見つめた。まるで母親がいじめているかのような顔に、母親と笑う。
「外は寒かったからね」
「はい。まさか雪が降るとは思わず。食料も減っていて……」
やつれた顔の母親はそう言って、深々と頭を下げる。
「あんたも食べるといい。私はいらないから」
そう言うと、母親は再度頭を下げてそしていよいよ粥を口に運んだ。それを入れるなり、涙を一つこぼして噛み締めた。子はそれを見驚いた様子で、今度は敵意を持った目でこちらを見やる。
「違うんだよ」
母親は厳しい目をする子を嗜めた。
一口、二口、そうやっていくうちに鍋の中には何もなくなった。
「ついでに寝ていくといい。あいにくだが、山姥になれるほど私には元気もなくてね。とって喰いはしないよ」
冗談めかしてそう言えば親子は、不思議そうな顔をした。
その晩、不思議な話を聞いた。
「本当に人は怖いの?」
「本当よ。この人は違うみたいだけれど。……でもねぇ、用心するのだよ。人は恐ろしいのだから」
「用心? 用心ねえ」
子はそう繰り返し言いながらしだいに声は小さくなる。どうやら眠ったようだ。
翌日。
眼を開けると、すでにその親子の姿はなかった。
ただ、布団にはたった二つ木の葉と一つのどんぐりが落ちている。
戸を開けると眩しい朝日につい目を細める。ふと、下を見ると点々と人ではない、ちょうど狐のような大小二つの足跡が遠く遠くに伸びていた。
一直線に伸びる大きな足跡とは違い、もう片方はなんども振り返り戻ろうとしたのか足跡が乱れている。
「もったいぶらずに保存野菜の一つでも出してやればよかったね」
そう言って太陽光を反射する艶のあるどんぐりを見て呟いた。
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