終電と王子様

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終電と王子様

 お題:運命の王子  知人の話によると「その人と出会った瞬間、体に電流が走る」「この人と私は結婚するのだとわかった」などというなんの確証もない直感が湧くという。  果たして自分にはそんな事があるのかというと、生まれてきて数十年、そんな刺激的な感覚を受けたことは一切ない。  変わらぬ日常。仕事、仕事、仕事の毎日の他、せめて気分転換をしようといつサービスが終わるかわからないソーシャルゲームに金と時間を費やす。  朝はコーヒー一杯、昼は栄養剤、夜は多量の酒と高カロリーのツマミ。休日は化粧すら落とさずただただ寝溜めをする。  誰にも言えない生活を送るような自分にそのような事起こるのだろうか。 知人の話を聞いた時、どこか遠い……他人事のように思ったのを覚えている。  いや、実際のところ他人事なのだ。  どうも運命の王子様。というのすら想像ができない。  現代で白馬に乗るのか、現代で王子様などいるのだろうか。高級車に乗る若手社長といったところだろうか。  それでも王子を考えて、真っ先に思うのは周囲との人間関係が大変だろうなというのと、このような廃人と呼ばれるような生活からは遠のくのだろうなという悲しい考えしか出てこない。  帰りの電車に揺られる。  隣では酒臭い爺が自分の肩に寄りかかって寝入っている。本当に寝ているのか、わざと――……嫌がらせ目的でやっているのかわからない。というのも残業続きでこれは終電だ。 疲労感からくる睡魔に襲われ、ろくに思考が回らない。  それでもいつものように、どこか機械的にカバンに入れたスマートフォンに触れる。  酒臭さに嫌気がさしそっと席を離れ、向かいの方に歩いて行くと、離れた側からは舌打ちが聞こえた。窓越しにうつる男は腕組みをし、股を開きだらしない格好で座り直している。 それを見て、苛立ちも恐怖も覚えないのはそれほどまでに心が疲弊しているのだ。  せめて何か気を紛らわせるものはないかと過去のタイムラインを追えば、新しいゲームが出たという。  無料、それと顔のいいキャラクターが数人目に入ったので何も考えないままインストールをする。  自分と同じように死んだ顔をした人間たちが電車を降りる。  見慣れた顔ぶれだ。  誰もが青白い顔をして明日もその次の日も同じように電車に揺られるのだろうと絶望を抱きながらそれでも家へと向かう。  ぴろん。と、そんな場違いな音がしてインストール完了が知らされる。  慌ててイヤフォンをつけ。そして、次の瞬間体に衝撃が走った。  嗚呼、私はこの人に会うために、このタイミングで、仕事をし頑張ってきたのだろうと悟る。  液晶画面。  そこには運命の王子様が微笑んでこちらを見ていた。
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