0人が本棚に入れています
本棚に追加
アレルゲン
お題:恐ろしい蕎麦
ぼくというものは虚弱で、酷く口数も少ないのだ。
「うん」も「はい」も「そうですね」というのもコクンと頷くだけであったし、「いいえ」「嫌だ」というのも首を横に振るだけである。
クチがきけないというわけではなくて、ただぼくのクチというものは開くのも、かといえば閉じるというのも・……おそらく人よりは遅く成り立っている。
だというのに、あのタニヤマとかいう国語の教師といえば、ぼくを必ずと言っていいほど指名する。
そうやって無理やり朗読をさせようとするものだから、ぼくはすぐさま笑い者にされてしまうのだ。
「いいじゃないか。先生はオマエをリッパにしようとしているんだぜ。すぐに返事ができないオマエが哀れでならんと言っているのだ」
と、隣の席のイソグチは言うけれど、その口がニヤニヤとしているものだからどうも信用ができない。
後ろの席の女も目が笑ったまま「そうだ、そうだ」とイソグチなんかの味方に回る。
どうにか文句をの一つを述べてやりたいものだが、けれど結局ぼくのクチというのは誰かが動くよりもひとつもふたつも遅いのだ。
・ ・ ・
「調子はどうだ? ひとつ、気晴らしにでも行こうか?」
東京の伯父さんがふらりと現れたかと思うと、いつも通り本を読んでいたぼくを誘った。
ぼくは少し悩んでから返事をする代わり、二回尋ねられた分の二回、こくんこくんと頷いた。
頷いたおかげで少しばかり目眩がしてしまったけれど、こうして小洒落たスーツをきた伯父さんに手を引かれてぼくは外へ出る事となった。
何も買わずただただ並べられた品物を見ていると、腹がくうくうと鳴り出した。それを伯父さんは聞いたのだろう。銀色に光る立派な腕時計を確認して「やや」と言う。
「お昼だ。何か食おうじゃないか」
ぼくは再び少ししてから頷いた。
伯父さんというのはぼくが赤ん坊から知っているものであって、クチが遅いのを知っている。
それに東京に住んでいると言うこともあって伯父さんは足だけではなく決断力も早い。
近場の店に入り席につくなりウェイトレスに出された注文表を広げ、ぼくの言葉を待たず「これを二つ」
と、頼んでしまう。
「知ってるか? ここの蕎麦が美味いんだぞ。東京でも流行っているのだ」
そういって運ばれたたいそう立派な蕎麦を見ながら伯父さんは待ちきれないとばかり割り箸を鳴らして割る。
ぼくのクチというのは動きが遅いのだ。
「うん」も「いいえ」も音を出せず、そして今回ばかりは頭の動きも遅い。
ぼくははたして「食べられない」と首を横に振ることさえもできなかった。
最初のコメントを投稿しよう!