文芸部室の雑談

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文芸部室の雑談

◆文芸部室の雑談  それから、リョウコという名の女の子に出会うことはなかった。  昼休み、何度か生協の書店に足を運んだが、見かけなかったし、めぐみという彼女の友人もいなかった。  そして、徐々に彼女のことは記憶の隅へと追いやられた。  文芸部では週に一回の読書会が行われたが、それも決して楽しみな時間ではなく、どちらかというと、緊張でドキドキする時間だった。子供の頃で例えれば、運動会や学芸会のようなものだった。  読書会は、課題の本についての感想を順番に語らなければならない。  的外れな事を言うと、白い目で見られそうで怖い。前日までに、予め発言する内容を考えておいて皆の前で述べる。だが、逆に質問が返ってくると、しどろもどろになったりする。  こんな調子では「一か月もつかどうか」とさえ思った。  部員の中には親しみやすく、かつ変わった男もいた。  まず小山という男は、愛読書が夏目漱石で、常に鞄の中に「三四郎」を忍ばせているほどの漱石マニアだった。それでついたあだ名が、「小山三四郎」だ。小説の主人公の「小川三四郎」から来ている。  そのあだ名通り、 「北原くんは、『三四郎』を読まないの?」と、事あるごとに訊ねてくる。  僕はその都度、「今度、読むようにするよ」と逃げている。どうも漱石は漢字が多くて苦手だったのだ。  小山は決して悪い奴じゃない。穏やかな感じの男だし、本当の文学青年のように思えた。  小山は文学部だ。もしかすると、生協の書店で出会った美少女のことを知っているかもしれない。
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