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地面に押し倒された牡丹の周りを、闇を凝らせた何かが取り囲む。
牡丹を掴んでいるそれは大きく長い手のようだけれど、ただそれだけだった。胴体がなかったのだ。それは生き物の形になり損ねたものたちだった。
夜に蔓延る魔のもの。
日の下で生きる器を持たぬもの。
総じて鬼と呼ばれるそれは、人を襲う。
ひっ、と子供が短い悲鳴を上げて腰を抜かす。今の所鬼の興味は全て牡丹に向けられているらしい。まだ体の自由が利くうちに逃げればいいのに、と牡丹は思った。
掴まれている腕や足は痛いけれど、我慢できない程ではなかった。食べられるときはもっと痛いだろうか、痛いのは嫌だなと、牡丹はぼんやり考える。
顔の正面に、黒く大きな何かが肉薄する。それは口のようにぱっくりと上下に分かれて蠢いた。迫りくる死を、牡丹はただ大人しく受け入れていた。
ただ一つ、心残りがあるとするならば──。
「ほうらよっと!」
気の抜ける掛け声が聞こえたと同時に、闇に一閃が走る。何かが素早く振りかぶられる音が響く度に、色濃い気配が消失していく。牡丹がようやく自由になった手で提灯を抱えなおした頃には、辺りはまるで日中のような平穏さを取り戻していた。
「よう、危ない所だったな」
提灯が見知らぬ男の姿を照らす。年頃は三十か四十といった所だろうか。荒れ放題の赤褐色の髪は雑にひとまとめにして頭部で結ばれている。
大柄な体を覆う短めの着物や股引きはあちこち縫い直されており、腰には帯ではなく毛皮を巻きつけている。その出で立ちは村の男達よりもずっと豪快で、山賊と名乗られても違和感はなかっただろう。
男の手には細長い棒が握られていた。黒塗りにされたそれがどうやら、鬼を追い払ったらしい。
無月の髪よりもずっと眩く輝く金の瞳が、牡丹の頭のてっぺんからつま先まで視線を動かす。怪我はなさそうだな、と男は呟いた。
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