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「襲われながらも悲鳴一つあげんとは、肝っ玉の据わった女だな。それに比べて……」
男は呆れたような表情を浮かべる。視線の先には、未だ腰を抜かしたまま震えている子供の姿があった。
「情けないもんだ。連れが食われそうだったってのに」
「違う! 赤憑きなんて連れじゃない!」
ほう、と男は興味深そうな声を上げる。それから真面目な顔つきとなり、子供の着物の襟を容赦なく掴んで無理矢理立たせた。
「そうかつまり、仲良くもない女に庇われておきながら、ただ怯えていたわけだな」
「あたしは別にいいよ。気にしてないし」
牡丹は男の詰問を止めるような形で間に入る。その子供が助かろうが野垂れ死にしようが、どうでもよかった。ただとっととこの件を終わらせて家に帰ろうと思っていた。
無表情のまま、牡丹はじっと子供を見つめる。
「で、あんたは帰りたいの、帰りたくないの、どっち」
「帰りたい……」
「なら村まで送る」
ついてきたらとぶっきらぼうに声をかけ、牡丹は提灯を手に歩き出す。夜の道は歩き慣れているから、今更迷いはしなかった。遅れてよたよたと子供が、更に後ろを守るように、男が黙ってついてきた。
竹林を抜けた先を照らす灯篭を目にしてようやく、子供は安堵した表情を浮かべる。子供を探しているのか村は何やら騒々しい。
家の前まで送ってやらなくてもいいかと足を止めると、子供はその背を追い越し歩いてゆく。そのまま帰るのかと思いきや、数歩先で振り向いた。
「……ありがとう」
小声で礼を言うと、駆け出していく。もういいだろうと牡丹は踵を返し、師匠の待つ家へ向かうべく歩き出す。
当然のように、重量のある足取りが続いた。
「何か用?」
怪訝な顔を浮かべて振り返り、牡丹は声をかける。見知らぬ男がついてくる理由が分からずにいると、男はようやく口を開いた。
「ああ、アンタならオレの探しているヤツを知ってそうだと思ってな」
男は棍を肩に抱え上げると、ニッと笑顔を向けた。
溌剌とした、清々しい満面の笑みであった。
「オレはセイ。ムゲツって男に会いに来たんだ」
見知らぬ男は、親しげに師匠の名を口にした。
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