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二話
セイという男は、大層元気で力が有り余っていた。村には何故か足を運ぼうとしなかったが、タダ飯は悪いからなと森に消えては獣を捕ってきた。そして無月や牡丹によく絡んできた。
「ようボタン、暇ならオレと鍛錬でもしてみないか?」
「やらない」
棍を構えての誘いを、そっけなく断る。師匠の知り合いだから丁重に扱うものの、彼自体の事はどうでもよかった。淡々とした反応ばかり返す牡丹をセイは愛想のないヤツだなと笑うばかりで、いつも気を害する様子がなかった。
「じゃあムゲツ、晩酌に付き合え!」
「まだ昼だぞ」
土産だと酒の入った瓢箪を掲げる客人に、無月は呆れたような眼差しを向ける。それは牡丹には見せない、気安い雰囲気があった。
「私は、酒は飲まんよ」
「硬いこと言うな。ボタンも一緒に飲まないか?」
「牡丹、この男の物言いは気にしなくていい」
こちらに話しかけた途端、先程までの気安い雰囲気が別のものに変わる。それが少し、寂しく感じた。
「あたし、提灯作ってくる」
「待て、なら私も手伝おう」
「ううん、師匠はセイとお話ししたいでしょう」
だからいい、と首を横に振る。自分がいると、二人の込み入った話に水を差してしまう。それは初日から何となく感じ取っていた。
「いやあ、空気の読める弟子だな! 折角だ、男二人の内緒話というものをやってみるか!」
明るいセイの声が、気まずくなりそうな空気をほぐしてくれた。肩を抱かれた無月は迷うように視線を揺らし、根負けしてため息をつく。すまないなと申し訳なさそうに告げられ、ううんと首を横に振った。
牡丹は特に気にしていなかった。
無月がよければそれでいいのだから。
それに今回は一人の方が、都合が良かった。
小柄な足音が家から十分遠ざかってから、セイは杯を傾ける手を休めた。
「それで、あの弟子は何だ?」
無月は探る目つきから逃れるように、手のひらに収まる杯に視線を落とす。牡丹は聞き耳を立てる事もせず素直に作業場へと向かったらしいと察し、小さく息をついた。
「気になるか」
「そりゃあな。あのオマエが誰かを構い続けて、しかも随分懐かれているときたもんだ」
昔を知る男は、あぐらをかいたまま喉を酒で潤す。張り付いていた笑みが、顎を拭った拍子に真面目なものへと変わった。
「それにあの女、やけに希薄すぎる。あれではまるで──」
続きを聞いて、眉間の皺が深くなる。諦め半分に注がれた酒を一口含むと、無月は重たい口をようやっとこじ開けた。
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