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牡丹が仕事を終えて戸を開けると、中から酒の香りがむわりとぶつかってきた。つい顔をしかめた牡丹は、中の惨状に目を丸くした。
「大体お前は昔からいつも分かったような顔を浮かべて勝手ばかり……、聞いているのか!」
「あーあー聞いている聞いている」
セイは面倒くさそうに相槌を打っている。面倒くさそうな表情が、牡丹を見て帰ったかと気軽なものへと変わった。
「丁度いい。代わりにコイツの相手をしてくれ」
「逃げるな、話はまだ終わってないぞ!」
腰を浮かしかけたセイに絡んでいるのは、無月だった。いつも穏やかな表情を浮かべているはずの師匠は顔を真っ赤に染め、セイの肩に手をかけて只管文句をこぼしている。小さな杯が空となって転がっているのを見て、師匠は酒が弱い事を牡丹は新たに学んだ。
「大丈夫?」
「ああ大丈夫、大丈夫だとも」
酔った彼を見るのは新鮮だったが、どうも首元がおぼつかないし、眠そうにも見える。
牡丹が心配して訊ねると、渋い顔つきが一気に嬉しそうに破顔した。
「牡丹、お前はいい子だなあ」
そう言うと、いつもよりずっと雑な手つきで頭を撫でてくる。髪が乱れていくのに、牡丹はちっとも嫌じゃなかった。
だって初めてなのだ。
無月がこんなに喜色満面の笑みで自分に構ってくれるのは。
機嫌の良さそうなまま立ち上がろうとした身体がふらつく。牡丹が慌ててその身を支えると、大きな体がしな垂れかかってきた。
「し、師匠、本当に大丈夫?」
「寝かせた方がよさそうだな。ったく、数口しか飲んでないくせに、ここまで弱いとは」
セイはやれやれと呟きながら、呑気に杯を傾けている。どうやら手を貸すつもりはないらしい。
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