二話

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 牡丹は難儀して無月を引き摺り、彼の部屋へと引っ張っていった。棚と小物が少々あるだけの、殺風景な部屋だ。  それは牡丹も似たようなものだし、何度か掃除に入ったこともある。布団が大抵引きっぱなしなのも、よく知っているのだ。  戸を片足で開け、酔っぱらいを布団へ転がそうとする。けれど無月は牡丹の頭を掴み、なおも撫で続けていた。お陰で小柄な体も一緒に布団に倒れ込む。  見慣れたはずの顔が間近にあって、牡丹は訳もなく身体が強張った。 「あ。……えっと、え?」  嬉しそうな師匠の顔。自分も嬉しくなる。  頭を撫でられる。これも嬉しい。  なら何故自分の心臓が緊張したように早鐘を打ち始めたのか、牡丹には判別がつかなかった。 「ああ、お前は本当にいい子だ、いい子……」  とろんとした眼差しが、ゆっくりと瞼に覆い隠されていく。ずり落ちていく大きな手が、名残惜しそうに頬をなぞった。 「だめだな、おれは、おまえを、早く……」  手がぽすんと布団に落ちる。寝入ってしまったらしい。もぞもぞと無月の身体から抜け出し、牡丹は胸に手を押さえて何度か瞬きをした。呼吸を繰り返していくうちに、よく分からない胸の動悸が静けさを取り戻す。何だったんだろうと首を傾げつつ、牡丹は無月の部屋から出て行った。
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