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「お疲れさん。オマエも飲むか?」
「飲まない」
牡丹は客の誘いにきっぱりと断る。無月をああまでべろんべろんにしてしまった酒に警戒していたのだ。
そりゃ残念、とあっさり諦めてセイは杯をあおる。ぐびぐび酒を飲み干していくのに、その頬はちっとも色付いてはいなかった。どうやら酒豪らしい。
「どうした。構って欲しいのか? いいぞ!」
じっと観察しているのに気付き、セイはにやりと笑った。別にと答えようとして、いつも無月に構ってもらえる時のことをふと思い出し、否定とは別の言葉を口に出す。
「頭、撫でて」
「ん、おお? 何だ、もしやオレにも懐いたのか!」
セイは気難しい猫に擦り寄られたかの如き喜びようだった。上機嫌でにじり寄られ、よーしよしよしと頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。先程の無月以上の力と雑さで、髪が四方八方に飛び跳ねる。
「どうだ、嬉しいか?」
その言葉に、牡丹は目をぱちくりさせた。このがさつな手は師匠ではないけれど、師匠にいつも撫でられるときのようなぽかぽかとした心地が胸に積もっていく。
『嬉しい』をくれるのが師匠だけではないのだと、牡丹は初めて知った。
「うん。セイに撫でてもらうのも好きみたい」
「おっそうか! オマエ、実は結構素直なヤツだなあ!」
ぽかぽかする。嬉しい。
けれど、先程のような胸の動悸はない。
どうしてだろうとセイの顔を間近で凝視していると、無骨な手は唐突に頭から離れていった。
「あまり可愛がり過ぎるとムゲツに睨まれそうだ。ここらで止めとくか」
「師匠、睨むの?」
「おお、アイツはオマエに相当入れ込んでいるからな。横取りするのはオレの性に合わん」
無月は牡丹にとても優しい。それなのにどうしてセイが牡丹に優しくすると睨むのか。
セイの言っている意味が、牡丹にはいまいち察せられないのであった。
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