一話

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 男は自らを、端日弦次郎だと名乗った。  無月よりは若そうだが、牡丹よりは幾らか年上に見える。端正な顔立ちは誠実さも露わにしていて、好青年といった印象であった。綺麗に切りそろえられた短髪と眼は、村でありふれた茶色であった。染み一つない藍色の着物に身を包み行儀よく正座する姿は、育ちの良さを窺わせる。 「火灯しと交渉するのは、端日家当主とその跡取りだけと決められているのではなかったか」  無月は渋顔を浮かべて決まりを口にする。その反応は想定内だったのだろう、客人は背筋を伸ばしたまま承知しておりますと告げ、にこやかな笑みを浮かべる。 「おっしゃる通り、私はただの先代の次男坊です。ですが、村をよくしたいという気持ちは父や兄に劣りません」  牡丹は村の人間達に対して然程興味はなかったから、弦次郎の境遇や顔も知らなかった。なので愛想のいい客人を見つめつつ、師匠の隣でただ黙って話を聞いていた。 「外の国では鬼から身を守るべく自衛し、幾つもの地域と交流しています。ですがこの村は昔から変わらず閉塞的で、弱いままだ」  外の国、と言われても牡丹にはぴんと来なかった。  牡丹の世界は村とこの家の周辺だけで、それで十分だったから。 「夜となれば数少ない提灯なしには出歩けず、外との交流もあまりない。私はもっとここを発展させたいのです」  弦次郎は二人を見て、よく通る声で頼み込む。 「鬼を遠ざける特別な提灯や灯篭の量産、そして製法を伝授して頂きたい」
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