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束の間、部屋の中がしんと静かになった。
行燈の中で小さく火が揺れ、無月はぼそりと呟く。
「お前は、父や兄から何も聞かされていないのだな」
端正な顔立ちに影が落ち、弦次郎は悲しそうに視線を逸らす。
小さくため息をつくと、無月は続けた。
「それは私の一族のみに伝わる、門外不出の技術だ。無闇に広めるなどできないし、私一人では今以上の量産も限度がある」
「ですが!」
「こら、師匠をいじめるな」
師匠が困っている。そう察した牡丹はおもむろに声を上げた。
唐突な横やりに弦次郎は驚いたように目を見開きばつが悪そうに視線を逸らすものの、先程より落ち着いた声音でまた話しだす。
「報酬として、私にできる事なら何でもいたします。家や金が欲しいというなら用意しましょう。村の中で暮らしたいのならば助力を惜しみませんし──」
そこで弦次郎は一旦言葉を切った。
真剣な眼差しが牡丹を映し、なんだろうと首を傾げる。
「端日家の一門に加わりたいのなら、私が彼女を正妻として娶いましょう」
ほんの一瞬だけ無月の表情が強張ったことに、他の二人は気付かなかった。話題の中心に挙げられた張本人は遅れて意図に気付き、本音で答えた。
「あんたの嫁になるってこと? 嫌だよそんなの」
けんもほろろな返答に、無月は苦笑いを浮かべて失礼だろうとたしなめた。言い出した方も性急な提案だというのは理解しているらしく、腰を上げる。
「この件、御一考をお願いします。私は本気ですので」
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