一話

6/13
前へ
/115ページ
次へ
 提灯を手に下げ去っていく後姿を、牡丹は珍妙な動物でも眺めるかのような目つきで見送った。村八分にされている自分を娶るなど、取引のためとはいえ変なやつだと感想を抱く。  一方無月は自らの顎に手を当て、何やら考え込んでいた。牡丹の視線に気付き、思い出したようにぽつりと呟く。 「お前は確か、十六だったな」 「そうだっけ。覚えてないや」  自分の年齢をすっかり忘れている牡丹であった。  しっかり把握している師匠は物覚えがいいなあと思っていると、無月はまた話し出す。 「……そろそろ嫁に行ってもおかしくない齢だ。弦次郎とかいう男、腹の内は読めんが悪い話ではあるまい。村一番の屋敷で裕福な余生を過ごせるぞ」  立派な男の元へ嫁ぎ、大きな家を持ち、贅沢に暮らせる。村娘の大半が羨望するであろう人生を、けれど牡丹はちっとも魅力的に感じなかった。 「絶対嫌だよ。だったら師匠の嫁になる」  無月の眼が驚いたように見開かれる。  それに気を留めぬまま、牡丹は続けた。 「もしくは師匠の娘とか妹にして。そしたらずっと師匠と一緒にいられるよ」 「…………いや、そういう話ではないというか、だな」  無月は気を取り直すようにぽんぽんと牡丹の頭を撫でた。子供扱いする様を、牡丹はじっと観察する。  時折無月は、様々な感情を混ぜた複雑な視線でこちらを見つめてくる。疑問を抱いてももはぐらかされるので、いつも中身の詳細は分からぬままだ。 「いつも言っているだろう。お前は私に囚われず、好きに生きればいい」 「あたしは師匠の傍が好きだよ。それに師匠の身内になれば内緒の製法も教えてもらえて、もっと沢山仕事を手伝えるし」 「それは、お前が考える必要のない事だ」  牡丹は提灯の組み立てや灯篭の灯し方は教わったが、その材料や道具は全ていつも無月が用意したものだ。何故それで火灯しの提灯や灯篭だけが鬼避けの効能を得られるのか、何も知らなかった。  いつ訊ねても、無月は決してこの仕事の根底を明かしてくれない。気にしなくていい、考える必要はない、と。  そして此度もいつもと同じく、師匠がそう言うならと牡丹は大人しく引き下がるのだった。
/115ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加