一話

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 屋敷は周囲をぐるりと塀で覆われている。裕福なだけあって、母屋と離れだけでなく池や庭まであり、大変に広い。  初めて見る豪奢な屋敷だけれど、牡丹は興味が湧かなかった。  言われた通りとっとと家に帰ろうとして、ふと好奇とは別の視線に気付く。  弦次郎であった。  彼は自然な動作で牡丹の隣に付き添い、先日と同じく人の良さそうな笑みを浮かべた。 「先日はどうも。例の件、考えてくれましたか」 「嫁には行かない。師匠の考えは知らないよ」  怪しまれないようにするためか、弦次郎は視線を殆ど合わせずに囁いてくる。器用な男だった。 「無月さんにも悪いようには致しません。私は火灯しの方々が不必要に蔑まれる現状を変えたいのです」  兄と違い、弟は随分とこちらに肩入れしているようだ。牡丹としても無月が罵倒されるのは嫌だったから、ちらりと耳を傾ける。 「……師匠、悪く言われなくなる?」 「ええ。そのためにも貴方の力をお借りしたいのです」  興味を示し、牡丹はじっと誠実そうな顔を見つめる。爛々と輝く赤にたじろぐことなく、茶色い瞳が見つめ返す。 「火灯しの秘匿された技術を明らかにする手助けを、してもらえませんか」 「考えておく」  牡丹はぶっきらぼうに返答した。  拒絶されなかったことで弦次郎は嬉しそうに笑みを浮かべ、足を止める。  丁度門まで辿り着いたところだった。 「それでは、気を付けてお帰りください」  弦次郎は大事な客人に対するように頭を下げる。火灯しへの丁重な態度に通行人達から怪訝な眼差しを向けられても、一切動じる事はなかった。  火灯しの現状を変えたい、その言動に偽りはないと態度で示すように。  牡丹は暫し目を瞬かせて青年を見やってから、さよならと小さく呟き駆けて行った。一度も振り返らなかったため、小柄な後ろ姿を見送る彼の表情は、ついぞ知らぬままだった。
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