一話

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 端日家で少々ゆっくりしているうちに、大分周囲が暗くなっていた。  帰り際に灯篭全てに火を灯し、後は家に戻るだけといった所で、牡丹はふと足を止めた。 「うう、ひっく、うええ……」  竹林の奥から声が聞こえてくる。どうやら子供の泣き声のようだ。夜が近いこの時間に、しかも子供が村の外にいるのは珍しいと感想を抱いたところで、牡丹は顔をしかめた。  幼子の声に混じる、弱々しい別の泣き声。耳元で反響するそれらにため息をついてから、その発生源へと向き直った。  提灯を片手にわき道から逸れて草木を踏むこと数分にして、声の中心へとたどり着く。男の子が着物のあちこちを泥だらけにして座り込み、泣きべそをかいている。よく牡丹に石を投げてくる子供の一人だった。 「あ、赤憑き!?」  足音に子供は顔を上げ、視線を合わせて怯えたようにびくりと震える。泣き声が止んだとたん、もう一つの声もぴたりと止んだ。 「こんなに暗くなってもまだ食われてないなんて、あんた、運がいいね」  牡丹は提灯を微かに揺らして周囲を見やる。暗がりの中から、多くの気配がこちらを凝視している。自分の状況を今更思い知ったのか、子供は怯えたように座ったまま牡丹から距離を取ろうとした。  普段化け物だのなんだのと悪口を浴びせているのだ。  赤憑きに襲われるとでも思っているのだろうか。 「助かりたいなら村まで送って行ってもいいよ」 「うっ、うるさい、近寄るな!」  拒絶と共に土を投げつけられる。目を庇うように上げた手の甲に小石がぶつかり、弾みで提灯が落ちる。  ふっと光が消え、辺りが闇で埋め尽くされた。  その時牡丹が前に出たのは、提灯を拾い直すためだった。図らずも子供の身代わりになった形で、伸びてきた影に掴まれ引き倒される。
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