大きな猫

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大きな猫

「にゃーお」  低い声で彼氏が鳴く。  僕はその様子を一瞬だけパソコンから目を逸らして眺めた。 「……うちのアパートはペット禁止です」 「にゃーお」 「暇なら洗濯でもやってよ」 「もうやった」 「……じゃあご飯」 「あとは温めるだけ」 「……」 「にゃーお、にゃーお」  こたつからもそもそと彼氏が起き上がる。寝ぐせ、ついてるよ。  彼は背中を丸めて、顎で僕のことをつつくような仕草をした。 「構え」 「今、僕が、何をしているか、分かって言っている?」 「明日提出のレポート。鬼教授のやつ。遅れたら単位無し確定」 「正解。だから静かにしてて!」 「暇だ」 「キャットフードでも食べたら?」  嫌味でそう言ったのに、彼氏はくすくすと笑いながらキッチンに向かう。そして、缶詰をあけて何やらごそごそと作り始めた。良い匂い。香ばしいそれを嗅ぎながら、僕はなんとかレポートを完成させた。 「で、出来たっ……!」 「こっちも完成」  レポートをメールで鬼教授に送信したのを見計らって、彼氏がパソコン類を片付けるように言った。僕はその言葉に従う。  夕食として並んだのはオムライス。それから生野菜のサラダ、そして……。 「……猫?」 「そう」  オムライスに添えられたポテトサラダは、猫の顔のかたちをしていた。丁寧に、黒ゴマで目と鼻がついている。何の缶詰を隠し味にしたんだろう。食べるのが楽しみだ。 「あ、えっと……作ってくれてありがとう」 「良いよ。ほら、早く食おう」  僕は箸を手に取った。同時に、ちゅっとくちづけられる。驚いて固まる僕に、彼氏はにやりと笑いながら言った。 「さんざん、おあずけくらったから」 「っ……!」 「後で、たっぷり構ってもらうからな」  さていただきます、と彼氏は食事を始める。  きっと僕の顔は赤いだろう。それを気にしながら、ちょっとうつむき加減でポテトサラダを箸で取った。隠し味、推理しようとしたのに、ぜんぜん集中できないや。  僕はそっと、もぐもと食事をする彼を見た。余裕の表情で食事を続ける彼の見た目は、猫というより大型犬だ。けど……好き。 「……にゃーお」 「お? どうした?」 「言ってみたくなっただけ」  仕方が無いから、じゃれあってあげる。  僕は気まぐれな猫だから、逃がさないようにね?  なんてことを思いながら、ポテトサラダを噛みしめる。それには、ほんのりとツナの気配を感じた。
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