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俺だけの理解者。
☓
「しーちゃん」
理科準備室でひとり資料の整理をしていた新米教師、野比しおんは引き戸に凭れかかる生徒、常田兼秀へと振り向いた。
「どうしたの?常田君」
先日、兼秀から告白を受けたしおんだったが、いち教師として彼と向き直ろうと答えを出したしおんは笑顔で対応する。
そんな教師に兼秀は面白く無さそうに膨れた。
「なにその反応?いかにも『作ってますよ』的な感じ」
「え?」
何故バレてしまったのだろう?憧れの教師に似た彼から想いを伝えられた事に動揺を見せまいと努めている事を。
「そ、そんな事無いって」
「しーちゃんは単純なんだからんな演技しても無駄。つーかバレバレだからね」
「単純って!生徒が先生に向かってそんな事云っちゃ駄目だよ!」
軽く見られた事に腹を立てて振り返ったしおんの前にはしたり顔の兼秀の姿。
「ホラ、本音見透すかされて驚いてるの隠せてないじゃん」
「ッ!!」
この生徒は、実の叔父であるしおんが目標としている教師と同様、人の心を読めるのだろうか?
「そんな事無いよ。てか教師をからかうのもいい加減にしなさい」
手早く資料を纏めて胸に抱くしおんの肩を兼秀は壁際へと押す。
「ちょッ!!」
ドンと壁に肩を打ちつけたしおんは生徒を見上げる。
生徒は教師の両側に腕を置いて逃げ道を防いでいた。
「大人の対応とかしようとしてる?俺、んなんで誤魔化せられないから」
「常田君ッ!!」
迫る兼秀にしおんはギュウと目を瞑る。
けれども、生徒から何も反応は無い。
恐る恐る目を開けたしおんの前で兼秀はクツクツと笑いを堪えていた。
「先生無防備過ぎ」
「な…」
しおんは今までの彼の行動が演技だと初めて知った。
彼の態度に怒りを覚えたしおんは彼を睨み付ける。
「ちょっと君ねェ!?…」
生徒指導を言いかけたしおんの口を兼秀の人差し指が塞ぐ。
「でも、次に誤魔化した態度とろうとしたら、俺本気で先生の事襲うから」
思いがけ無い事を告げられたしおんの顔が真っ赤に染まる。
兼秀はそんな教師に対して二ヒっと笑った。
「でも、俺も本気で惚れたヤツに無理矢理はしたくねェから」
生徒が教師の頭を撫でつける。
「だから生徒と先生って立場抜きで俺と対等に向き合ってよ」
余裕の笑顔を浮かべる兼秀は親指で準備室の入り口を指差してみせた。
「邪魔の入らねェ時によ」
兼秀の指差す先にしおんは視線を向ける。
其処に居たのは常田達郎だった。
「先生!?何時から其処に居たんですか!?」
驚くしおんを余所に兼秀は出口へと向かう。達郎の代わりに彼がしおんの質問に答えた。
「俺がしーちゃんに迫ってた時。んじゃしーちゃん、またね」
しおんは知らない。
出入り口で伯父と甥が鋭い視線を交錯させた事に。
兼秀と入れ換わり達郎が部屋へと入って来た。
「のび太君よォ?なんでお前ってんなからかわれやすいんだよ。相手はガキンチョよ?簡単にあしらう事も出来無ェの?」
呆れた眼差しの達郎に、しおんは瞳を逸らした。
「かっ、彼が大人び過ぎるんですよッ他の子だったらもっと…こう、なんか対処します!!」
「本当に?」
突然、耳元で低い声で囁かれたしおんは驚いて達郎を見上げる。
顔の近い元担任に、しおんは甥っ子と同じく自分をからかおうとしてるだろう彼に抗議の声を上げようとした。
その顎先を達郎は指先で掴む。
一瞬の行動に、しおんは驚いて瞼を瞬かせる事も出来無かった。
「んうッ!?」
唇をピッタリと合わせて舌を侵入させてきた銀八の行動意義が解らない。
ただ、熱い熱に翻弄されそうになる。
一旦絡んだ舌を離した達郎は濡れた唇を手の甲で拭った。
「…おら、全然対処出来てねーじゃねーか」
達郎にしおんは押し寄せる羞恥で混乱状態だ。
「そっそれは!!先生が相手だったからです!!」
「あ?」
無防備なしおんに、誰に対しても同じ行動をとるのかと内心怒り心頭な達郎は眉根を寄せる。
しおんは続けた。
「こんな事されても嫌悪感とかわきませんし、むしろ、気持ちが良かったというか…昔からずっと憧れだった人気者の先生を独占できるみたいでなんか嬉しい感じもあるし…!!」
しおんは自分でも何を云ってるか解って無いのだろう。
けれども、無自覚で深層心理を激白する元生徒に達郎は愛しさが込み上げてきた。
思わず達郎はしおんを抱きしめる。
「…な。もっかいしていい?」
今の。
切れ長の瞳を寄こす先輩教諭に、新米教師は未だに混乱したままだ。
「が、学校じゃ駄目ですッ!!」
目を丸くしたままの元教え子に、元担任教師は彼に回した腕の力を強くした。
その日を境に、達郎としおんの間柄は恋人同士へと発展したという。
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