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ニヤケは友梨亜の手をするりと抜け、音も立てずにのそりのそりと庭の出口の方へ向かった。
その途中、ちらりと友梨亜の方を振り返る。
「おいでって、いってるのかな」
友梨亜はニヤケのあとを追って庭を出た。
生け垣と石垣の狭い路地を抜ける。
母に連れられてバス停へと向かう道だ。
その先の少し広い通りは、生まれ変わった今の友梨亜としてはまだ行ったことのないところだが、そうだ、記憶にある。
今世の記憶と前世の記憶が、ジグソーパズルのピースようにはまりながら、「猫の島」がどんな街だったか浮かび上がってきた。
友梨亜が殺されたのは潮の匂いが濃く香る海辺の近くだった。
夕方そこにいると学ランを着た男子生徒がいつも通りかかる。
とてもおだやかで、やさしそうな表情をした少年だった。
バッグからナイフを取り出しても、給食で残した食パンを切り分けるのだろうぐらいにしか想像がつかなかった。
あの少年はどこの家の子だっただろうか。
ニヤケについて行くと、一軒の和風家屋にたどり着いた。
たいそう立派というわけではないが、庭の手入れが行き届いていて、松や椿が客人を出迎えるように丁寧に刈り込まれている。
門には「朝倉」と書かれてあった。
前世の記憶をたどるが、やっぱり印象にない。
海辺からも幹線道路からも外れたこのあたりは、ほとんど通りかかることのなかった場所だった。
友梨亜が殺されたあとここへ引きずり込まれたのなら、自分では覚えてはいないだろう。
だが、ニヤケなら友梨亜が死んだあと、匂いをたどってここまで来られたのかもしれなかった。
「なにしてんの? うちに用事?」
はっとしてふり返ると大学生くらいの青年が立っていた。
髪が長くなり、顔がシャープになっているが、いつも海辺で見かけていた学ランの少年だった。
前世の友梨亜に見せたときと同じように、とびきりの笑顔を向けた。
「迷子?」
「あの……あなたに、いいたいことがあります」
青年はかがんで友梨亜に視線を合わせた。
「なに? いいたいこと? どこかで会ったことがあるのかな」
「ええ。わたしは、いつも、海の近くにある、漁師さんたちが集まる場所にいました」
「漁師……? 漁協組合かな? 中学生のころ、通学路でいつもそこらへんを通ってたから」
あんな凄惨なことが起こったというのに、5歳の女の子にいわれるだけでは、あの場所で起こったできごとをすぐさま思い出せないというのだろうか。
青年は首をかしげるだけで、自分のしでかした罪に心痛めている様子もなかった。
だから友梨亜は教えてあげた。
「わたしはあなたに殺されたんです」と。
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