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「え? なにいってるの。生きてるでしょ」
青年は冗談でしょといわんばかりに笑っている。
「わたしは覚えてます。あなたに殺されたんです。あなたに殺されるくらいなら、いっそのこと車にひかれてしまったほうがよかったくらいです。化けて出るどころか、再びこの世に戻って参りました」
「は? いい加減にしろよ」
青年は急に野太い声になり、ナイフを振り上げたときと同じようなするどい目つきで友梨亜をにらんだ。
「どうしてなの……あんなにやさしくしてくれたのに……。ねぇ、忘れたわけじゃないでしょ。わたしは、あなたに殺されたいつぞやの猫よ! パンや牛乳をくれたでしょ。なんで急にあんなこと」
「ふざけるな!」
青年は大声を上げ、感情的に友梨亜を突き飛ばした。
あまりの力の強さに、友梨亜は為す術もなく後ろにひっくり返ってしまった。
腰を強く打ち付けて、すぐには立ち上がれない。
「猫だって? なんで知ってる。っていうか、なんでそんな気味の悪いいいかたするんだよ」
「わたしは生まれ変わりです。前世は猫でした」
「ふっ」
ちっとも信じてないように青年は鼻で笑った。
いつだって、誰も信じてはくれなかった。
だけど、友梨亜は本当に前世は猫だった。
生まれたときは親も、兄弟も一緒にいたような気がするのだけど、気づいたらひとりぼっちだった。
初めて動物に生まれ変わった友梨亜は、猫の習性になれることができなかった。
そうしてようやくできた友達というのがニヤケだったのだ。
そのニヤケは門の上にのぼり、ちょこんと座ってこちらの様子をうかがっている。
「そうか。アハハハ。猫か。覚えてるよ。猫どころか、その前のきみも、その前も、その前も。生まれ変わる前のきみを知っている」
「え?」
「きみが猫なんかに生まれ変わるから。人間に生まれ変われるように俺が殺してやったんだよ。おかげで俺の来世は外道だな。人の道を外れたようなことをしたんだからな」
そういって青年は大げさに笑い転げた。
やっぱり、信じてはいなかったのだ。友梨亜をからかっている。
「ああ、そうか」
笑うことをぴたりとやめると、納得したようにうなずいた。
「外道か。きみは人を殺したから猫に生まれ変わったのか? 俺のやったことより罪じゃないか。ここは『猫の島』じゃなくて『外道の島』だな」
地獄に落ちればいいのに――。
それはこの青年にたいしての怒りなのか。
それとも自分自身が望む行く末なのか。
友梨亜には記憶の海におぼれてしまいそうなほどたくさんの過去がある。
思い出したくないことも、たくさんだ。
猫に生まれ変わる前に犯した友梨亜の罪。
延々と続く前世の自分からのがれたい。
もうひとり殺したら、次こそ地獄へ落ちることができるだろうか。
やれ!
やってしまえ。
しかし、友梨亜はは今の自分があまりに幼い5歳の女の子だということをすっかり忘れていた。
「なぁ。なんできみが猫殺しの犯人を知ってるんだ?」
青年はそういいながらも、友梨亜の首に手をかけてきた。
息がつまって声も出せない。
「死にたくないよね?」
のしかかるように首元を強くつかまれ、身動きがとれなかった。
「俺のいうことが聞けるかな?」
これでもまだ生きる選択肢があるとでも?
苦しくて友梨亜はなんの反応もできない。
そのときだ。
門の上からニヤケが青年に飛びかかった。
「うわぁ!」
青年がニヤケを振り払っているすきに逃げ出した。
速く走れる自信がないが、走るしかない。
逃げろ。逃げるんだ――。
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