言わないままで

4/4
22人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
「先生……めー閉じて」 「何で?」 「良いから。絶対開けんなよ」  あからさまに不服そうな顔をしたけれど、秋月先生が目を閉じた。  心拍数が跳ね上がる。こんなお願いをしている自分の度胸に驚きながらも、最後になるかもしれないという、やけっぱちな気持ちが背中を押していた。  俺は緊張で強ばる指先で、秋月先生の眼鏡に触れる。ゆっくりと外して、それから顔を近づけた。  触れる程度のキスをすると、さっと上体を引いた。  呆気に取られた顔をする秋月先生と目が合う。俺の見立て通り、秋月先生は整った顔立ちをしていた。怜悧な目元が見開かれ、高い鼻梁が際立っていた。薄らと開かれ唇に、俺は自分の思いきりに羞恥と興奮を感じていた。 「ほら、立って」  俺は誤魔化すようにして、秋月先生の手首を掴む。よろけるように立ち上がった秋月先生を引っ張り、それから背後に回って両手で背中を押した。 「行ってきなよ。先生が話あるって、佐崎に言ってあるから。教室で待ってる」 「えっ? どうして……」 「いいから。早く行けって。じゃないと、眼鏡返さないから」  ドアをスライドさせ、無理やり秋月先生を追い立てる。  秋月先生が顔だけ振り返る。それから口を開きかけるも、結局何も言わずに行ってしまう。その背が見えなくなるまで、俺は立ちつくした。 「失敗すれば良いのに」  零れた本音に、秋月先生が気付くことはない。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!