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ある朝、目覚めると、姉が猫になっていた。
厳密に言えば、頭から猫耳を生やし、ほっぺからは猫の三本ひげを生やし、手には肉球がついていて、腰に生えた尻尾が自在に動いている。
「え、えええええぇぇぇぇぇえええ!?」
夢だと、疑った。
だが現実だ。変えられようもない事実だ。
「ね、姉さん、とりあえず肉球触らせて」
「いや、なんで」
姉さんは不機嫌にそう返した。
朝起きて猫になっていたら不機嫌にもなる。
「でもまあいっか」
「え!? 良いの!」
「こういうのって滅多にないことだと思うし、貴重な体験だから分け合った方が良いしね」
意外にも、猫になっていたことに抵抗は覚えていないらしい。それどころか平然とした態度で、自分に生えた猫耳やひげ、尻尾などを楽しそうに触っている。
そんな姉さんが段々と猫に見えてくる。
『これが、猫萌えってやつか』
姉だ、分かっている。
姉弟という壁を前に、理性だけは一人前に保てている。
だが、ひとまず思うことは、
『可愛すぎんだろー』
姉はただでさえ学校でモテモテなほど可愛く、その上性格も良い。
時に見せる初な反応に弟の俺だって何度ドキドキしたか分からない。
「ちょっとあんた、私のこと変な目で見てるでしょ」
「ち、違うし」
「嘘つき」
下心が顔に丸出しだったために、蔑ませるような視線を向けられる。それには納得するしかない。
「もう、触らせてあげないよ」
「えええええええ! 猫耳なんて今しか触れないのに」
中学生になって初めて駄々をこねる。
俺の惨めな姿を哀れに思ったのか、渋々姉は頭を俺に向ける。
「その代わり、優しく触ってよね」
「良いの!」
「そりゃ、あんたは私の弟だからね。弟のわがままを聞いてあげるのが世間が理想とするお姉ちゃんってものでしょ」
姉さんの寛容さに感激する。
姉さんがバレンタインデーに、学校中の男子からチョコを貰える理由が分かった気がする。
「じゃあ、お言葉に甘えて、」
今、俺は未知なる体験を味わう。
猫に生えた猫耳――ではなく、姉の頭に生えた愛おしい猫耳。
ふと人の手が触れることが拒まれる聖域、純白の毛並みの猫特有のにおいがする猫耳。
神聖なる領域に少しずつ手を伸ばす。
触れる直前、心臓が激しく鼓動を奏でる。
初めての猫耳の感触に――だが、その感触を味わう直前、猫耳が頭の中に引っ込んだ。
「……え!?」
「あ、引っ込んだみたい」
猫だった姉は、ただの姉に戻ってしまった。
せっかく猫耳の触り心地を知れると思ったのに。
あと少し、せめてあと少しだけ待っていてくれよ。
「猫耳の……猫耳のバカヤロオオオオオオオオオオ」
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