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「私にはね『世界の人々に、こんな体験をして欲しい』という思想があって、君達を作っている。そして、君達は私の思想を受け継ぎ、体現してくれようとしている」
「思想、ですか? 理想、ではなく?」
適切なようでいて最適ではない言い回しに疑問が検出されたので、問いかけてみる。するとライアンは「良い所に気が付いたね!」とウィンクをした。
「“思想”と言っているのは、私の個人的な願いや好み含まれているからだよ。そして、この“思想を受け継ぐ”というのが、私にとっての家族なのさ!」
「思想の共有、なんて、宗教でも企業でもやってるだろ」
「それとは違うつもりでいるよ。共感による統制を目的としていないしからね。あくまで、私個人の『こう思ってくれたら良いな』を仕事に反映させているだけだから」
「確かに、向こうの要望に合わせて、はいはーいって作った物より、あれもこれもしたい! って思って作った子達の方が、リリースする時に『行ってらっしゃい!』ってなるわよね」
「あんまデカい声で言うなよ」
顰め面で話を聞いて来たディーンが食物を口に運びながら注意をする。彼の食事は既に半分程に減っているのに対して、話をしてくれているからかライアンの方はまだ数口食べた程度だった。運搬に適した容器に入っていると言う事は、ライアンは自分自身で、或いは家族が食事を作っているのだろう。
「私には血縁上の家族が居ないから、余計に思想が大切だと感じるんだろうね。今の私を形作っているのは、見知らぬ男女の遺伝子ではなく、私を育ててくれた両親や祖父母が教えてくれた“素敵な事”や“美しいと思うもの”だ。私という“個”の中に彼等の息吹を感じる時『嗚呼、私達は家族なんだな!』と思うんだ。あと、子供のは嫌いだったこの、くたくたに煮過ぎた野菜達を無性に食べたくなる時とかね!」
笑って彼が持ち上げて見せてくれた葉野菜は確かに、すっかり色が抜け落ちていた。他の物は彩り豊かでとても美味しそうなのに。
けれど、もしそれが『家族』の象徴ならば『理想』ではなく『思想』が重要であるという彼の理論は、きっと正しい。
「珍しく失敗しちゃったのかしら? って思ってたんだけど、思い出の味だったのね」
「パートナーには不評で余ってしまっているけれどね。我が家の伝統が失われる危機なんだ!」
「んな伝統捨てちまえ。不味いうえに栄養もねぇもん食ってどうすんだ」
「辛辣だなぁ!」
言葉とは反対にライアンの顔はとても楽しそうだった。そのライアンが私に視線を寄越し、固定させる。何か、大切な事を伝えようとしている人間の顔だった。
「だから、テオ。君達だって家族を持てる、と私は思っているのさ。家族を望む人の所で多くを学び、君の中に思想が、思いが根付いたら、もう立派な一員だ。そして、君が学んだ美しいものを受け継いだ誰かもまた、君の家族になる。血ではなく、心で繋がった家族にね」
検索と参照と理論の構築が、私の中で急速に行われる。アンドロイドも、家族になれる? 生物ではなくても。肉体的な成長がなくても。家族という任務では、なくなる?
「ねぇ、ライアンはテオ達のデザインに関わっていたわよね? それなら、みんながユーザーの所に行く時も、やっぱり子供を送り出す気持ちになる?」
「ああ! 何処に出しても自慢出来る立派な子供達を、早く皆んなに見て欲しいね!」
私の学習は三週間後に終了する。複製された私の学習記録は同一シリーズ達に移され、出荷される。それらが運ばれて行く時、彼は五日前に見た映画内の親子のように、涙を流すのだろうか。それとも、今のように笑っているのだろうか。
その時の私は、人間で言うならば同族に当たるそれらに対し、何を感じるのだろうか?
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