私の先生

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私の先生

くしゃり。 私の手の中で砕ける。 白い破片がちくちくと肌に当たり、粘度のある黄色と透明が隙間から溢れて行く。 銀のトレーの上で手を開くと幾つかの破片が、……たまごのうみにおちていった。 ――たまごの、海に、落ちて、行った。 こんな言い回しを何処かに残したヒトへ、音声にせずありがとうを言う。 殻が落ちた。よりも、こういった表現を先生は求めている。 ──たまごが、優しく受け止めた。 あ、別の言い方。  今日は調子が良い。二つも言い方を組み立てる事が出来た。 「うんうん、とっても良い感じだね。この前ちょっと色々いじっちゃったからどうかなぁって思ってたけど、思考の変化に伴う運動能力への悪い影響はなさそうだね。完璧な精度。今ならシャボン玉も壊さずに持てそうだ」  私の出力の推移を示す画面を見ながら、先生が満足そうに頷く。こういう時に“嬉しい”が選択されるのはもう当たり前の事になっていた。 「テオ、君はどう感じた?」  軽快に振り向いた先生がいつもの質問を私に投げかける。さっきまでは、嬉しい、だったけれど、この質問をされると直ぐに“緊張”になるのようになったのは九十七日前からだ。 「はい。触覚、ボディコントロールの精度、選択された動作への自認、人間的な思考の検索及び反映、いずれにも問題がないと判断出来ています。シャボン玉は、不可能だと思いますが」 「そうかなぁ? 今度実験してみよう。他には?」 「割れた卵の破片が表面に食い込む際、軽度の痛みが生じるという情報は既に定着していますが、ちくちくする、という表現への置き換えが人と同程度になり“達成感”を感じています」 「いいね。それから?」 「前回に引き続き“もったいない”が僅かに検知されました。今はまだ優先順位の低い価値観ですが、今後も頻繁に見受けられる場合には優先順位が上がると予測されます」  初めてこの価値観が選択された五日前は、破壊される事を前提とした実験対象物に対して誤った情報を参照してしまったのではないか、とシステムエラーを疑ったけれど、もうちょっと様子を見てみよう、と先生は楽しそうに言ってくれた。その時よりもさらに面白そうに、あはっと声を上げて先生が笑う。 「倹約家な君達かぁ、凄く興味深いね。でも、人によって金銭感覚は大きく違うから、これ以上は育たないようにしないといけないね」  でも折角だから分けて取っておこうか、と先生は“わるだくみ”をしている時の顔をする。  私は勿論、先生が楽しそうである事を少しも悪だとは判断しない。けれど、ここに居る人達は『ろくでもない事』『悪質なイタズラ』『爆弾』と言って嫌な顔をするから、全体の意見を反映させた結果、私はその表現を当て嵌める事にしていた。  今日までの私の学習結果の一部が複製されて、私とは別の所に保存される。一度、この事についてどう思うか先生に聞かれた事があるけれど、まだ先生との学習を初めて間もない頃だったので「私とはそういうものですから」と、とても良くない答えを言ってしまった。今なら、もっと先生が喜ぶ事を言える。 「さて、他には何かあるかなテオ?」
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