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1: 六年前の春に
「木之本 恭(きのもと きょう)君ー?」
「…はい」
新しいクラス内に先生の優しい声が教室に響く。呼ばれた声に反応して返事を出すと、周りの視線がこちらに向き、騒めいていた声が嘘のように静まり返る。
静まったクラスで誰かが声を発したことで視線をそこに逸らしてほしいと思うくらい視線が痛かった。
「これから五年二組、皆仲良く一年間楽しいクラスにしていきましょう!」
「はーい!」
先生の声に反応して皆が元気よく返事をする声に自分のか細い返事はかき消されてしまう。
四年生の時も同じ事を思っていた様な気がする。やっと慣れてクラスの子とも喋れるようになったと思ったら、あっという間に五年生になってしまった。
また最初からやり直しだ。僕は何でこんなに人と話す時に緊張してしまうんだろう。
「声ちっさ」
ふと背後から聞こえた声に肩を揺らす。嫌々と声の聞こえた方へ顔を向けると、前の席に座っていた男子が振り返り、口元は片方だけ口角を上げて嘲笑うように睨みつけていた。
それでも睨み付けるその目は惹かれそうなくらい綺麗な青色の瞳をしていた。それだけではない。小学生の自分でも分かるくらい恐ろしく綺麗に整った顔立ちをしていて、最初の段階でクラスで一番目がいく存在だった。
***
『ノア・有史(ゆうし)カーター君』
『はい』
外国人だ!すごい!と皆が物珍しそうな顔を見合わせてざわついた。
『みんな静かにしてね。カーター君が苗字で、アメリカ名はノア君。でも日本だと有史君だからね。カーター君は日本語も英語もどちらも喋れます!日本だから有史君で通すって話なので、皆宜しくね』
わぁ、と皆が拍手をして歓迎する。
既に出来上がっている綺麗な顔立ちも日本人の面影はあまり無く、欧米寄りの顔立ち。キラキラとした金色と茶色が混じったような髪色は黒髪だらけのクラスの中で目立っていた。
初めてこんな近くで外国人…というかハーフの人を見たな。
振り向く彼の威圧的な態度と睨むこの目が怖くて、感動なんてすぐ無くなった。
皆が宜しくね!と声を掛ける中、有史の背後の席に居る僕の聞こえない声に反応し、眉間に皺を寄せた状態で有史が振り返った。
「なに、お前日本人じゃねーの?ちゃんとしゃべれよ。俺の方が喋れるんじゃねーの」
「…ごめん。僕、しゃべるの苦手で」
「はぁ?生まれも育ちも日本のくせに、生意気だな」
強い口調にビクッと肩を揺らしながら彼から目を逸らす。
何でこんなに怒ってるんだろう。ていうか初めましてなのに、何なんだよ。
段々苛立ちを覚えつつも逃げるように下を向くと、机をガンッと軽く蹴られて吃驚して顔を上げる。
「ていうかお前さ、俺よりチビなのに後ろの席なんざいいドキョーしてるな」
まるで子供の僕でさえ子供だなと思わせる程の理不尽な言い分に思わず顔を歪めてしまう。
「…そんなの僕じゃなくて先生に言ってよ」
「は?…お前、本当いいドキョーしてんな」
軽率だった。大人しく、ごめんなさいと言えばよかったのかもしれない。綺麗な顔とは裏腹に彼から溢れ出るのは自分への罵倒。
今思えば有史も軽率な気持ちで僕に突っかかってきたのかもしれない。何でこうなってしまったのか分からないけど、これがキッカケで僕は目を付けられてしまった。
それが有史と僕の出会いだ。
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