熱死

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 小夜が最初に現れた浜辺へと移動する。  渡し守、カロンの死体が転がっていた。  ヘルメス・トリスメギストスは最期にレイリー散乱の空の青み、灰鳩色の混擬土(コンクリート)と黒ずんだ海を眺め、海へと歩みはじめた。海没している戦車のごつごつした形状が、いい漁礁になっており、ヘルメス・トリスメギストスが近づくと魚たちが一斉に逃げた。彼は戦車の車体に触れる。ややあって、戦車の錆がヘルメス・トリスメギストスの身体をも錆びつかせてゆくが、彼はゆるやかに錆びついてゆく自身の身体を見守っていた。現実と神話が錯雑になったのと同様、いくらヘルメス・トリスメギストスであってももう()たなかった。  核戦争とその後の(のぼ)せあがり、かつあっという()に衰退した世界。  ある種の自殺である、とヘルメス・トリスメギストスは真の神話時代から自らの文化英雄ぶりを振り返った。錆はその直喩のように彼を侵食してゆく。微睡(びすい)でもしているかのように錆は彼の(なずき)を侵食している。  ヘルメス・トリスメギストスは完全に錆びついてしまった。  強風に煽られ、彼の臓腑まで錆びた身体がゆっくりと崩壊してゆく。と同時に、ゆるやかに世界の熱移動が停止し、エントロピー零度の熱死(ヒート・デス)へと()ちてゆく。清らかな流水が堰き止められて腐ってゆくように。あらゆる書物の意味が喪失しバベルの図書館ですらその役割が消えてゆくように──。 【了】 11.mar.2022 追記:神殺しについてはバリントン・J・ベイリーの「ゴッド・ガン」(短編集『ゴッド・ガン』所収 ハヤカワ文庫SF刊)をほぼ使わせていただきました。あとは作中にも書きましたが、C・G・ユングの著作など。
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