熱死

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熱死

 地上から、純粋な意味での人間も、元 型(アーキタイプ)が実在化された超人間も消え、現実をひっくり返して具象と化した神話の世界は終焉を迎えようとしていた。  有馬(ありま)小夜(さよ)も少女にまで退行した太 母(グレートマザー)もすでに死に、タブレットから小夜に「声」で指示応答していた道化神、トリックスターの最高神……三重に偉大な、の呼び名を持つ……ヘルメス・トリスメギストス(三重に偉大な)(おのれ)の死を迎えようとしていた。  そもそも、ヘルメス神とは文化英雄の一人だった。人類にさまざまな技術を教え、生産を後押しし、そして戦争にまで発展させる。その戦争そのものが、人類の欲望とヘルメス・トリスメギストスの遊戯精神の融合、同一化だった。  その時代その時代の技術で兵器や兵站(へいたん)、より高度な戦術、作戦、戦略をヘルメス・トリスメギストスは与えた。戦争を人類史のなかでもっとも祝祭的な空間に、そして戦争そのものが生産よりまず最初に求められるという逆転の経済学(エコノミー)をヘルメス・トリスメギストスは牽引してきた。  膠着(こうちゃく)した戦場で、正体不明の地上攻撃機として顕現し、争っている片方の軍の陣地や塹壕(ざんごう)を爆撃する。もう片方の軍が喜んでいると今度はそちらも空爆する。両軍から私刑(リンチ)のように攻撃され、ほうほうの(てい)で逃げ、死したヘルメス・トリスメギストスはまたどこかで蘇る。この繰り返しがつまるところ、神話的な時間と空間を汚染していた。  そして最後の仕上げに、ヘルメス・トリスメギストスが選んだのは核兵器だった。これが文化英雄最後の仕事だと彼は考えていた。プロメテウスは人類に火の発明を教えたが、彼は最高度の火、核分裂や核融合に至るまでを与えたのだった。  地球の環境は著しく荒廃し、人口は極端に減少した。彼もまた、死した元 型(アーキタイプ)と同列に堕ちつつ、消滅しつつあった。
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