神話の終焉

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神話の終焉

 ガイガー・カウンターの警告音が近くなってきた。  凪いだ東京湾……それも南関東の地図を修正しないといけない……は先程モーターボートが発った方角のみはっきり見え、それ以外は海の水平線しか見えない。  小夜(さよ)のセーラー服のスカーフがモーターボートのスピードではためいている。  タブレットの画面が、ギュスターヴ・ドレの絵に切り替わった。ギリシャ神話では河……憎悪の河や支流、悲嘆の河で渡し守をしているカロンの絵と。  小夜は歴史や現代国語の授業を思い出していた。  ダンテ・アリギエリの『神曲』作中にもカロンは登場する。しかもダンテとローマ建国を綴る壮大な叙事詩『アエネーイス』を書いたウェルギリウスを乗せるのだった。  しかもカロンは、かなりの高齢だった。なにか用心すべきとも思われなかった。たとえば性的な目的でなにかしようと思われても、大ぶりのカッター・ナイフという武装だけでも充分にカロンを倒せるはずだった。あるいは目的地とちがうところで降ろされるのか……その先はあまり考えたくはなかったが。  「お嬢さん」  とカロンが口を開いた。  「渡し賃はいらない。というよりこの世界ではもう貨幣など存在する意味がない」  タブレットを操作している小夜に気づき、あの三重(さんじゅう)に偉大な小僧の差し金か……とカロンは呟いた。だんだん大きくなる正面の陸地、ちょっとした港が見えてくる。  「まあ、ここに飛ばされた段階で、お嬢さんももうこの世界の住人に過ぎないのだがね」  「どういう意味なの」  「お嬢さんが暮らしていた世界よりも頽落(たいらく)した世界、没落する、消耗していく、先細りが丸見えの神話の世界だよ」
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