猫になった女子高生の話

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「約束したじゃない。私は帰りたいの。自分の体はもちろん、お父さんとお母さんに会いたいの。それだけじゃない。結衣のことだって気になってる。とにかく戻ってすべてをやり直したいの」  菜摘は彼女の足元にすり寄った。彼女は少し黙りこんだあと、声を絞り出した。 「うそよ。ごめんね。あなたのことがうらやましくなって少し意地悪しただけ。あのね、私、あなたにうそついてたの。どうしてあなたに声をかけたのか……」彼女の言葉が菜摘の中に静かに流れ込む。「私ね、ずっと前に人間だったときがあるの。高校に通っていて、いつもあの道を通学していた。でも、学校からの帰り道、あの洋品店の前の道路で車に撥ねられて。体が動かなくて、自分が死ぬってわかったとき、せめて死ぬ前に、お父さんとお母さんに会いたいと思った。だけど、結局その思いを抱えたまま死んじゃったの。そのとき心だけが必死にこの世にしがみつこうともがいて、たまたま近くにいた猫にしがみついたの。それで気がついたら猫になっていた。すぐに家に帰ったけど、猫になった私に気づかなかった。そのあとしばらくしてお父さんとお母さんはいなくなったの」 「そんな……」 「あなたと入れ替わったあと、お父さんとお母さんに会いたくて元の家の周りの人に聞いてみたけど、どこに行ったのかわからなかった。家には知らない人が住んでるし。私のお父さんとお母さんはもうどこにいるかわからない。それであなたのことがうらやましくなって。私の親は、もう私のことなんか忘れてるのよ」  彼女にそんな過去があったなんて。菜摘はどうしていいかわからず、ただ悲しくて、寂しくて、心から叫んだ。 「あなたのお父さんもお母さんも、あなたのことを忘れたりしない。ぜったいそんなことない。あるはずない!」  あんなにうざいと思っていた親だったのに。いまの菜摘はすごく会いたいと思っている。彼女もきっと同じ気持ちだったんだとわかった。 「ありがとう。私、あなたとあなたのお父さんとお母さんに会えてよかった。温かくしてもらえてうれしかった。だから、これは私からのお願い。あなたはいま恵まれているということを忘れないで。そして、お父さんとお母さんのことを大切にしてあげて」 「忘れない。約束する」  菜摘は彼女の言う言葉の重みをしっかりと受け止めた。つぎの瞬間、菜摘はもとの体へと流れはじめた。  今日あった出来事が菜摘の中に流れこむ。彼女が体験した一日。なにもかもが眩しく、感動的な一日。ひとりで帰っていた別のクラスの子に話しかける彼女の思い。その子は友だちがいなかった。ひとりぼっちの子。  あなたはずっとひとりだったからわかったんだね。そうして最後の高校生活をあじわったんだ。菜摘の胸の奥で彼女がだんだん小さくなっていくのがわかった。  月明かりの下、菜摘はぐったりとした猫を抱えて歩く。  みゃぁ。  もう彼女の声はない。猫が長い眠りから目覚めたように鳴いた。  洋品店の近くに猫を戻すと、菜摘は月明りが照らす静かな路地を歩く。  彼女との約束を思い出す。考えるだけじゃダメ。行動しよう。そう心に誓った。
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