猫になった女子高生の話

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 だれ? まさかあなたじゃないよね?  菜摘は声には出さず、猫に呼びかけた。 「私、あなたが来るのをずっと待ってたんだ」  背筋に冷たいものが走り、菜摘は腰を抜かすように尻もちをついた。  そんな菜摘に猫がすり寄ってくる。菜摘は恐怖で動けない。 「あなたが思っているとおりよ」 「うそよ。そんなわけない」  心臓がすごい勢いで警鐘を鳴らす。小学生のころに読んだ怪談を思い出した。 「あなたと話せてうれしい」 「やめて」 「ねえ、私の話を聞いて」  声の主が猫であることにもう疑いはない。呼びかけてくる猫に、菜摘は過去に経験した苦い経験を思い出す。  バレー部でキャプテンをやっていたときのことだ。後輩たちと揉めていた。スポ少が違ったことで練習方法やテクニックが違い、言い争った。そのとき先輩という立場でねじ伏せた。  あのとき後輩たちは、菜摘が話を聞いてくれないと泣いていた。なぜかそのときのことを思い出した。 「話ぐらいなら聞いてもいいよ」  いまもあのときのことを悔やんでいた。後輩たちに謝りたい気持ちはあるのにプライドが許さなかった。そんな思いが湧いてきて猫の話を聞くことにした。 「人間の暮らしって楽しい?」 「そうでもないよ」  菜摘は父のことを思い出す。 「ここを通るあなたたちを見ているうちに私も人間の世界に憧れるようになったの」 「そんなにいいもんじゃないって」 「ぶっちゃけ人間として生きてみたいの」 「ぶ、ぶっちゃけ?」  猫のくせに人間らしい話し方をする。 「お願い。一日でいいから、あなたと代わらせて」 「無理無理。そんなのぜったい無理」 「だけど、あなたは親のことが嫌いなんでしょ。私にはわかるわ」  昨日のことが頭によぎる。うざいお父さん。顔も見たくなかった。でもどうしてわかったのだろう。菜摘が頭の中で考えていると、猫はそれに反応した。 「私にはあなたの考えていることや感じていることがわかるの」 「じゃあ、まあ一日ぐらいなら……」  悩みながらもそう答えた。偽物の菜摘を親は受け入れるだろうか。代わった娘をどう感じるのか、一日が終わったあと確かめてみるのも悪くないと思った。 「やった! あなたなら許してくれると思ってたんだ」  猫の声が弾んだ。 「だけど約束は守ってよ。一日だけだから」 「わかってる!」  いつのまにか雨はあがり、太陽の光が路面を白く照らしはじめた。
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