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本当に大丈夫だろうか。不安はぬぐい去れないけど、よろこぶ猫を見ていると、いまさら断れなかった。
「抱きしめて」
猫の声が頭に語りかけてくる。その声に従うように菜摘がかがむと猫は膝の上に飛び乗った。つぎの瞬間、体が融けるように熱くなった。
頭の中にこれまでの菜摘の歴史が浮かんでくる。幼いころ両親と遊んだ日々、バレーで汗を流した日々、勉強のことでうるさく言われる日々。
これまで歩んできた日々のすべてが猫の中に流れていく。
「やった! 人間になれた」
見上げると、そこには見慣れた自分の顔があった。
猫になったんだ。菜摘は猫と入れ替わっていた。
ねえ、一日だけだからね。
声に出して言ってみるが、耳に聞こえるのは猫の鳴き声だった。
「大丈夫。約束する」
彼女には菜摘の言葉がわかるらしい。返事をした。「明日の夜、ここに来るから待ってて」そう言うと素早い身のこなしでさっと背を向けた。
遠ざかる背中を見送りながら菜摘は後ろ足で耳の裏を掻いた。
気がつけばしぐさは猫のそれになっていた。
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