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翌朝。菜摘は洋品店の軒下から前を通る人の流れを眺めた。
女子高生が猫になっているなんてだれも思わないだろう。しゃべることができたらどんなリアクションされるかな。そんな想像をすると笑えた。
しばらくして菜摘になった猫が通りかかった。隣にはいつものように結衣がいる。
よかった。うまくいっているみたい。だけどひとつ気になることがあった。なぜか結衣の表情が暗いのだ。
なにかあったのだろうか。猫の目を通して見る世界はいつもの自分の目とは違い、ふだん気がつかないような変化を感じることができた。
菜摘になった猫がちらりとこちらに目を向けた。
「しっかり楽しんでおいで」
テレパシーを送るように菜摘は胸の中で呟く。
彼女は微笑んだ。菜摘はビデオに映る自分の姿を見るような不思議な感覚にとらわれた。
ふたりを見送るとあとはヒマだった。昨日と違い、九月の空は静かに晴れ渡っている。ゴロンと横になり、無意識に毛づくろいをはじめる。まるで体のどこかに猫が住んでいるみたい。
ひととおり毛づくろいが終わるとまたヒマだ。
猫ってのんきよね。
ふぁ。眠気が襲ってくる。
ぽかぽかと陽気なお日様が照りつけ、すごく気持ちがいい。
昼間の猫は最高だわ。
菜摘は洋品店の前でぼんやり過ごした。
お日様が真上にのぼったころだ。店の前に軽トラックが止まった。
ここのお店の人かしら。
見ていると、運転席と助手席のドアが開き、男がふたり下りてきた。
「積めるだけ積もう」
運転席から降りた小太りのおじさんが助手席のおじさんに声をかける。
どうやら店に残る資材などを引き取りに来た業者のようだ。
「わ、かわいい猫ちゃんがいる」
助手席に乗っていた、細身のおじさんが声を上げた。
「猫なんか放っとけ」
小太りのおじさんの声を無視して細身のおじさんが菜摘の首をつかんだ。
「みゃぁん」
「かわいい声で鳴いて。どうしたの。こっちにおいで」
抵抗する間もなく、おじさんは手慣れた感じで菜摘を荷台にあった段ボールに入れた。段ボールは思いのほか底が深く、猫になりたての菜摘はうまくよじ登れない。
やがて軽トラックが動き出すのがわかった。
どこに連れて行かれるのだろうか。菜摘は不安に襲われる。このままじゃ元の姿に戻れなくなる。
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